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2017年3月12日 (日)

多摩ニュータウン落合・鶴牧・唐木田住区から学ぶ(報告)

昨日は多摩ニュータウンの演習の発表会でした。
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午前中は有志のまちあるきツアーののち、多摩八角堂で展示会、そしてミニシンポジウムという流れ。対象地は主に鶴牧・落合住区と多摩センター地区で、多摩ニュータウンの中興の開発と言われています。
1965年に住宅供給を主目的に始まった多摩ニュータウン開発が、地元多摩市の反発で一時休止している間に、日本中の住宅が足りてしまい(1973年)、多摩市の要求を解決しつつ、量から質へと大転換したころの開発です。成瀬さん曰く、例えば千里や泉北のニュータウンは、「住宅が不足している」という時代の勢いのまま作りきったそうですが、多摩ニュータウンにおいては、一時休止期間があったことで、結果的にそこでじっくり計画を練ることができたとのこと。
午前のまちあるきは多摩センターからスタートし、以下のルート。
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■みどころ1;多摩センター駅近辺
 1964年に検討がスタート、1977年案(市浦都市開発建築コンサルタント)が現在のベースに/駅前広場や歩行者専用道路は大高正人事務所の設計。直線的なエッジのたった計画/ペデストリアンデッキ周りのサイン計画は我が国でも先駆的に取り組まれたもの。剣持デザイン事務所の手による/ペデストリアンデッキ下の店舗スペースなどは「稼ぐインフラ」の先駆的なものとしても再評価できる。
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■みどころ2:多摩センター駅近辺の公益施設・商業系・業務系の建物
 公益施設(郵便局、警察、NTT、東京ガスなど)は広域拠点性を確保するために先行立地。建築ガイドプランを作成し建築誘導/商業系はデパート・ホテル・レジャータウン の三位一体戦略/企業立地に際しては各社に自ら可能な住民サービスを求め、地域に対する空間整備を依頼。例えばベネッセのスタードームなど。サンリオピューロランドも、当初は公共貢献だった。
■みどころ3:パルテノン多摩+多摩中央公園
公園の地形と一体になった文化施設。パルテノン多摩設計は曽根幸一。公園設計はあい造園設計事務所/地形は自然地形ではなく、もともとこのあたりは最大で40m近く山を削ったところ/当時の公園内建築物の建築建ぺい率制限を地下化することでくぐり抜けた。
■みどころ4:プロムナード多摩中央
量から質を目指した時代の象徴的な住宅開発の一つ。街路上に1f住戸の1室が飛び出すプラスワン型/設計は坂倉建築研究所/プラスワン型はその後ベルコリーヌ南大沢、コスモフォーラム多摩などでもわずかに展開するが、惜しくも日本には(さらには世界のどこにも)定着しなかった。現在でも人気が落ちない住宅の一つ。
■みどころ5:タウンハウス落合・タウンハウス鶴牧
量から質を目指した時代の象徴的な住宅開発の一つ。低層高密を目指し、自動車と住環境の共存も目指した/設計は山設計工房、マヌ都市建築研究所/タウンハウスは多摩ニュータウンの中にいくつかあるが、これはその中でも最高峰の一つ/プラスワン型よりは民間にも展開するが、大展開したわけでは無い。現在でも人気が落ちない住宅の一つ。
■みどころ6:鶴牧東公園、鶴牧山
諏訪、永山、貝取、豊ヶ丘と違い、住区全体に「大観構造」が意識されるようになった/4ヶ所の近隣公園をつなげて「基幹空間」とする/残土を積んだ「鶴牧山」は周辺住民のシンボルともなり、まちびらき直後からここを会場とした住民が企画するジャズコンサートが開かれる/映画やテレビドラマのロケ地としてもよく使われているそう。
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■みどころ7:奈良原公園・宝野公園
晴れた日には遠く富士山を臨むことができ、桜の季節はまさに絶景/二つかかっている人道橋の一つは公園の計画前に作られたもの、富士山軸に合っていないので、新しくもう一つの橋が架けられた
■みどころ8:エステート鶴牧4・5
タウンハウススタディから発展させた新型中層住宅群/同じ間取りを積層したタイプでなく、多様な間取りを積層した/設計は環総合設計/タウンハウスでなくとも豊かな売れる住宅を作れることがわかったので、結果的にタウンハウスを駆逐してしまった。
■みどころ9:南部近隣センター
最寄り品の商店を中心に構成された近隣センター。店主の代替りや、廃業によって、店舗が入れ替わり、NPOやカフェが入居するようになる/シェルター・掲示板などを一体化した「かきわり壁」。
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惜しげもなく原図を地面に敷いて解説をスタートする成瀬さん
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午後のシンポジウムは、東北被災地への黙祷からスタートし、中島直人さんからは大高正人論の中での多摩センターの意味(群造形から、検見川や金沢ニュータウンのセンターとの比較まで)について、田中暁子さんからは新住宅市街地開発事業の解釈と都市デザインについて、松本真澄さんからは公団の晴海住宅(都市型)+阿佐ヶ谷住宅(郊外型)に次ぐ、第二のピークが多摩ニュータウンの鶴牧・落合にあるのではないかということ、武岡暢さんからは都市社会学者が郊外住宅地という枠組みにとらわれていて、都市という枠組みでニュータウンをとらえていなかったのではないか、ということについで問題提起がありました。
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シンポジウムの風景。会場はJS多摩八角堂。
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後半の論点は3つにしぼりました。
まず、この時代の多摩ニュータウン開発(鶴牧・落合と多摩センター)は「郊外住宅地」ではなく「都市」をはっきりと作ろうとしたのではないか、ということ。計画を練り直す中で多摩センターの位置付けがどんどん大きなものになっていき、そもそも新住宅市街地開発事業は住宅地だけを開発する事業制度だったのに、都市を開発していったこと、それは歴史的に見ると、多摩市がニュータウン開発を止めた時に、「住宅だけでなく、産業の場をつくってほしい」とはっきりと意思表明をしたことが少なからず影響していそうなことが議論されました。
二つ目は、なぜ柔軟なデザイン変更や、多摩センターの駅前に立地した施設にデザイン調整や公共貢献などが可能になったのかという点。これについては、全面土地買収をする新住宅市街地開発事業であったがゆえに、地主がいないから、自由にデザインを変更することが可能であったこと、そして、プランナー側が地主として事業者に注文をつけることができたことが議論されました。
三つ目はこれからについて。かなりよい住宅ストックが集積されているので、世に言う「オールドタウン問題」はあまり起きそうにないのだけれども、近隣センターについては手術が必要そう、多摩センターについても、何らかの「ものがたり」が必要そう、ということが議論されました。
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シンポジウムは90分しか時間をとっていなかったのですが、ああ、これは180分いけたなあ、と少し後悔しています。
来年はこの授業は、いよいよ京王堀之内のライブ長池地区を対象にする予定。饗庭の地元ということもあって、今から気合を入れているところです。来年は180分くらいやってみようか・・・と思っています。

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