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2017年4月

2017年4月19日 (水)

現代の都市をハワードの目線で読んでみよう/「明日の田園都市」の書評

SD2016に、山形浩生さん新訳の「明日の田園都市」の書評を寄稿しました。
改めて読むと発見の多い、いい本(名著ではなく、フツーにいい本)だったので、こちらにも再掲しておきます。
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現代の都市をハワードの目線で読んでみよう
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■旗色が悪い田園都市?
 1902年に刊行された原書で提唱された「田園都市」は、ル・コルビュジェの「輝ける都市」とともに、19世紀に誕生した近代都市計画が目指した代表的な都市像であり、20世紀にはその影響を受けた新都市が世界中に作り出された。わが国でも、戦災復興が落ち着いたあたりから新都市建設が本格化し、千里ニュータウン、多摩ニュータウン、つくば研究学園都市、といった都市が次々とつくられた。現在にいたるまでの大きな新都市建設運動の原典の一つが本書である。一方で本書はジェイコブスによる「アメリカ大都市の死と生」において徹底的な批判を受ける。ジェイコブス以降の都市論において本書の旗色は悪く、時代遅れで使えない理論、という刻印を押されていることもある。特に人口減少時代を迎えたわが国においては、新都市をつくる機会そのものがなくなっている。もはや使われることのない、古き良き時代の古典、現在の本書への評価はそんなところだろう。
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■短波ラジオからボックスセットまで
 我が国の近代都市計画が始まった1888年から現在まで、本書は何回も翻訳されている。最初の翻訳は1907年、内務省の官僚によるものである。昔の若者が短波ラジオを通じて海外の音楽を聴いていたようなもので、雑音が多い情報を頼りに譜面を書き起こしていた時代。まだまだ田園都市は限られた人のものであった。2回目はその60年後、1968年にSD選書として刊行された。それまでの間、田園都市が忘れ去られていたわけではない。当時の技術者たちは、田園都市以降に世界各国で建設された新都市の知識を貪欲に取り入れ、国内の新都市設計に活かしていた。シンプルな装幀をまとったSD選書は、音楽を安価に庶民に配るシングル盤のようなものとして、この原典を再び流通させた。3回目はその30年後の2000年に、本書の訳者である山形浩生がインターネット上に公開したものである。音質の悪いシングル盤に換えて、音源をリマスターしたものをナップスターのように公開した、ということなのだろう。そしてその16年後、未発表音源も加えたボックスセットのような本書を私たちは手にすることができた。まるでビートルズの音源のように、繰り返しリイシューされる本書を、どのように使えばよいだろうか。
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■近代のパタンを組み合わせる
 本書が何度もリイシューされるほどの長い間、近代都市計画は続いている。そして印刷技術と情報伝達技術の発達によって、私たちはその蓄積にたやすく触れることができる。本書もその一つである。もちろん、新しい技術の開拓の余地はあるが、新たな都市問題に直面した時に、古今東西の近代都市計画の技術のパタンを召喚し、それを組み合ることによって、課題解決の糸口を見つけることができる、私たちはとっくにそういう時代に入っているのではないだろうか。求められるのは、パタンの蓄積とそれを見渡す力、それらの編集力である。たとえば四畳半の空間をつなぐようにクルドサックをつくってみたり、自然公園の中に生物の動線をわけるラドバーンをつくってみたり、編集と組み合わせによって、たくさんの課題解決ができるのではないだろうか。
 そう考えると、本書の使い方ははっきりしてくる。田園都市をいつでも召喚可能な「今日の田園都市」としてあなたの手持ちのパタンにいれる、ということである。
 そのためにも、私たちは、まず本書と、その後にできたレッチワースを切り離す必要がある。評者は本書を自身の住む多摩ニュータウンと照らし合わせながら読んでいたのだが、そこには、共通点を見出すのが難しいほどの差がある。訳者も指摘するように、ジェイコブスをはじめとする田園都市への批判は、出来上がった空間への批判であることが多く、本書への正当な批判でないことが多い。後世の批判に目を曇らせることなく、本書に込められたパタンを丁寧に理解し、身に付けるとよいだろう。

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■人々がつくる都市の原理
 本書の帯には「住民の立場から考えられた初の都市計画論」という文句が踊っている。この「住民」という言葉は、ある場所に住み続けたい人たちのことを想起させるが(まさにジェイコブスが根拠としたものである)、すこし語弊がある。ハワードが田園都市を考える手がかりとしたのは、稼いで消費する経済的な主体として、あちこちに移動し集住する「人々」である。「市民」というほど立派なものでもない、よい暮らしを求める当たり前の人々。近代によって誕生したこうした人々が、少しよい方向に判断を積み重ねていくときに、どういう都市を求めるかを描き、それに投資して、近代の歯車を少し早く回しましょうよ、と主張したものが本書である。
 近代の歯車が何回転かした100年後の現在において、世界のあちこちで、そして日本でも、それなりによい都市が出来上がっている。ハワードの提案は、新都市ではなく、人々が当たり前の小さな判断を積み上げて作り上げた現代の都市の原理を言い当てているようにも読める。つまり、今の「それなりによい都市」を改善する時に、ハワードの目線は有効であり、本書はその重要なパタン集にもなりうるのではないだろうか。

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2017年4月 3日 (月)

グローバル都市東京を学ぶツアーマップができました

東京都都市づくり公社から寄附をいただいて、3つの講座を開いているのですが、最も組み立てに頭をひねっている授業が「グローバル都市東京研究」という授業です。
これは、学生たちが海外(アジア)の学生に東京を案内するスタディツアーをデザインして、1日案内をして、議論をするというもの。
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2日間のツアーはこんな感じで終わります。手前の慌てた感じに注目。
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単なる観光ツアーや、ディープ東京ツアーのようなものではなく、大都市を考える論点が表出しているようなところをまわり、考える。そしてついでに英語に関する色々な力を身につける。たぶん、他の大学には無い、オリジナルの授業ではないかと思います。たとえば1週間くらい、海外で当地の大学とじっくり合宿をして、アーバンデザインの提案をつくるようなプログラムはそこそこあります。あるいは、海外の都市に行ってひたすら都市ツアーをするようなプログラムもそこそこあります。狙ったのはその中間くらいです。
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今年は東京の墓問題に切り込んだグループがありました。
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3年間で合計9つのツアーが企画されました。ネタもたまりましたので、ここらで地図にまとめようかーと思い、カイシトモヤさんの事務所(担当は前川景介さんと原田祐里江さん)にお願いして素敵な地図を作ってもらいました。
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Map
ツアーは全部で9本。秋葉原キャンパスを使っているので、都心ばかりです。
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ここに置きましたので、ご興味の方はダウンロードください。
同じコンテンツのweb版はこちらからも見ることができます。
2017年、18年、19年と、もう一セットこの地図ができるところまで続けたいと考えています。
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Omotesml

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