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2017年6月

2017年6月18日 (日)

津波で流されたところの景観を復元するプロジェクト(中間報告)

ここ1年くらいかけて、大船渡の綾里地区で「低地の景観復元」のプロジェクトに取り組んでいます。
これは住宅総合研究財団の助成金もいただきながら進めているプロジェクトなのですが、大津波で流されてしまった低地のエリアが、かつてどのような街並みだったのかをインタビューして、それを3Dの景観画像にまとめていこう、というプロジェクトです。綾里での最後の大仕事になるかもしれません。
低地の景観を復元する方法は、神戸大の槻橋先生の「記憶の街」のように、模型を媒体とする方法があるのですが、これはARC-GISをベースとしたCity Engineというアプリをつかって、3Dのモデルを立ち上げて屋根や壁の部品をパカパカ貼り付けていく方法。何度でも直しがききますし、だんだん完成に近づけていくことができます。このへんの技術は、筑波の村上暁信先生や、首都大の熊倉永子先生が開発した技術がありましたので、一緒に関わっていただいています。
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お一人よりも複数人のほうが会話をしながら記憶が掘り起こされていくので、調査には2−3人の方にきていただき、組になってお話を伺っていきます。持ってきていただいた図面や写真を見つつ、プロジェクターで映写したものを住民の人たちに見ていただきながら「こっちはこんな感じ」「もうちょっと色が違う」という風に作り込んでいきます。
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驚くのは、一組あたり、2〜3時間程度の、高い密度のインタビューが出来ること。最初のころのGISは、正直なところまだ不完全なもので、家が地盤に埋まっていたりしたのですが、みなさんあっという間に引き込まれ、出されたお茶も飲まずに、時には目をつむってアタマのなかに街並みを思い浮かべながら、丁寧にお話をしてくださいました。
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間取りを聞くと窓や扉の位置がわかるので、一軒一軒の間取りも聞いたりしながら進めるので、めっぽう面白いのですが、めっぽう手間がかかります。これまで4回くらい調査に入り、これまで30人強の方にお話が伺えたので、じわじわと出来上がってきました。とはいえ、今年の春にみていただいたところ「なんか違うなー」ということだったので、完成がまだ見えず、夏の調査にむけて作業を進めているところです。
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この復元作業とあわせて、災害後の空間(綾里では集団移転と、個別移転と、公営住宅それぞれが完成しています)の調査も進めており、それぞれの方の空間が、災害前後でどのように変化したのか、その要因はどこにあるのかを明らかにしようと考えています。そもそも空間には無頓着な人が多いので、その背景にある、無意識的に「かわらないもの」を明らかにできればいいなあ、と考えているところです。

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2017年6月10日 (土)

中国でまちづくり!

1ヶ月前のことですが、中国の成都で市民向けのワークショップを開催してきました。
3月に南京で出会ったNGOのリーダーからの依頼で、彼らが成都で開いている社区のリーダー向けの連続研修会のうちの2日間を使って、日本のまちづくりのレクチャーをしたあとに、ワークショップを体験し、さらに自分たちのワークショップを設計してみよう、という体験型講座のコーティネートです。
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たぶんパンダ以上に珍しい日本のまちづくりのレクチャー
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中国でなぜ「まちづくり」=社区営造が流行しているのか、正確には流れを理解していないのですが、どうもここ5年くらいの流行のようです。
大きくは、鄧小平の改革開放路線の中で、毛沢東時代の「単位」という、融通の効かない近隣住区のような理論(?)で作られた都市空間が、融通が効くものにあらためられ、ここ20年くらいの間に市場化が進み、民間のデベロッパーがそれを再開発したりするようになってきています。「社区営造」はその中で、「単位」の流れを組むガバナンスの仕組み(居民委員会というものがあります)を補完するものとして期待をされているようです。
具体的な担い手は「社会組織」とよばれる、NGOやNPOにあたる人たち。彼らは地域社会が大事、という原理は崩さず、組織としては地域を飛び回ってあちこちの社区に入り込んでいます。これまで南京、上海、成都の現場をざっと見てみたのですが、都市によってその導入の仕方が違うようでもあります。また社区営造の先輩である台湾(90年代中頃からスタート)の人的な影響も随分と受けているようです。
成都では20代そこそこの若いリーダーの人たちにも会ったのですが、彼らははっきりと「2008年の四川大地震が人生を変えた」と語っており、災害で社会の中の助け合いのようなものが顕在化したことも影響があるとのこと。この辺の状況は、あと1年くらいかけて研究室でも調べたいと考えています。
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会場の社区はこんな感じ。いくつかの集合住宅群がまとまった社区です
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饗庭に声をかけてくれたNGOのリーダーは、呉楠先生という方。南京で設計事務所を主宰する建築家なのですが、まずは自分の住む社区の住民としてテニスのサークルをつくり、そこからどんどん社区のマネジメントの方に活動を展開させ、それを専業とするNGOをつくり、そのNGOがあちこちの社区営造の仕事を受けるようになった、とのことです。
成都で現場を仕切っていたお姉さんは、学生の時にインターンでNGOに入り、そのまま就職したそうです。設立されてから数年で、走りながら事業を組み立てているような、本当に若い組織でした。
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社区の車庫の上に作ったコミュニティーガーデンを説明してくれたNGOのスタッフ
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成都には初めて行ったのですが、沿岸部の都市にくらべると落ち着いているそうで、人口の流出も少ないそう、少しゆっくりした時間の流れを感じました。中心部にある人民公園はすごいことになっており、あらゆる場所が、市民の余暇やサークル活動やおしゃべりに使われていました。ここに限らず、中国の人たちはパブリックスペースを使うのが本当に上手というか、遺伝子に染みついているような感じでした。
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合唱のサークルが公園で練習をしていました
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さて肝心のワークショップですが、饗庭の研究室でいつも使っている「みんなでまちづくり」というワークショップの内容を微調整して翻訳したものを持参しました。96人の参加者で、8人×12グループという、日本でもなかなかない規模のワークショップ。ニーハオも満足にしゃべれない私に替わって、饗庭研の中国女子二人(金静さんと呉君さん)にびしばしと会場を仕切ってもらいました。
1日目の午前は日本のまちづくりについてのレクチャー、様々なワークショップ手法についてのレクチャーをし、その後に「みんなでまちづくり」をテーブルごとに試用します。
「みんなでまちづくり」は、地図を机に広げ、参加者がある役割になりきった上で、「まちをこのようにしたい」とビジョンを発表し、他の参加者が手持ちのツールカードを使ってそのビジョンの実現手段を提案し、最後に全員で一番いい提案を選ぶ、というシンプルな構造を持ったゲームです。
それを一通り体験したあとに、グループごとに会場周辺の社区に散って、「まちの課題」と「まちづくりに使えるかもしれないツール」を調査し、それを会場に持ち帰って、2日目の午前中にかけてそれぞれのグループごとにオリジナルの「みんなでまちづくり」を作ります。
そして最後にお互いにオリジナルの「みんなでまちづくり」を試しあう、ということで一連のワークショップが終了です。
わたくしはニーハオくらいしか言えないので、1日目の午後からは、何を議論しているのかわからなかったのですが、終わった後の笑顔を見るに、おそらくは成功裏に終了したものと思います。
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参加者はみな若く熱気がありました
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「みんなでまちづくり」は、私が早稲田にいた時に勉強していた「まちづくりデザインゲーム」を、私が学生たちと発展させたものですが、今回中国に持っていくにあたって、「そもそも果たして通用するのだろうか」という懸念がありました。
「まちづくりデザインゲーム」の方法は、この書籍にまとめてはあるのですが、ごく簡単に述べると、参加者がまず「目標」を選び、「生活シーンカード」とよばれるもので将来の生活イメージを組み立てた上で、その二つを根拠にして提案を作っていく、というものです。私の「みんなでまちづくり」では、「目標」と「生活シーン」を言葉ではなく絵的なイメージで選ぶようになっており、それを根拠に提案をつくっていきます。いずれも市民参加の場で初めて出会う人たち、あるいは日常的に顔をあわせていてなんだか議論が煮詰まってしまった人たちに対して、「目標」を仮置きして、それを手掛かりにして集団を結びつける、という方法ですね。
懸念は、この「目標」という概念が、そもそも中国の人にどう受け止められるかわからない、ということでした。私が乏しい情報で想像するに、毛沢東の時代は「単位」とされた共同体ごとにかなり具体的な「目標」が決められていたはずで、つまりは「目標」は社会を統制する厳しく融通の聞かない言葉として機能をしていたはず。とても固い言葉として受け止められたらどうしよう、ということが懸念の一つ目。一方で、「目標」なるものを立てずとも、機能する議論の場もあります。私が日本国内で取り組んでいる現場でも、そんな持ってまわったことをしなくても議論がさくさく回る場があります。「目標」が不要な社会だったらどうしよう、ということが懸念の二つ目でした。
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ワークショップの様子
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結論から言いますと、参加者の反応だけを見るに(繰り返しますが、何を言っているのかはわからないのですが)、どちらの懸念も杞憂だったなあ、ということです。成都に限ったことなのかもしれませんが、ワークショップのやり方はスムーズに受け入れられました。もちろん微細なところでの微調整は、こちらではわからないので、終わった後のアンケートを分析しているところです。
また、とても面白かったのは、このワークショップは一番いい提案をした人にコインが渡る、というゲーム形式をとっているのですが、これは参加者に大受けでした。早く終わったグループが、カードをつかって新しいゲームを開発するほどに。成都の人たちは街角で麻雀やらトランプやらのゲームをしているのですが、ゲーム好き国民・・ということなのかもしれません。
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新しいゲームを始めてしまった人たち
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成都は連日30度超え、1年分の山椒とパクチーと唐辛子を採った1週間でした。ちなみにわたくし、非常に四川料理が体にあうらしく、出されたものは全て食べつくしました。辛さというよりは量で胃が疲れてしまいました。
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火鍋、めちゃくちゃ美味しい

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2017年6月 9日 (金)

まちづくり市民活動の読み方

5月末に今年から審査員をつとめている、ハウジング&コミュニティ財団の助成団体の交流会出席のため尾道に。ながらく見たかった尾道の空き家再生のプロジェクト群も見学することができました。
HC財団は92年にできた財団なので、もう25年。設立時に確か当時にトヨタ財団にいらした山岡義典さんが助言をされて、ハウジングとコミュニティの分野の市民団体にまとまった活動資金を助成するプログラムをもってスタートした財団だったと記憶しています。当時はまだNPO法もなかったわけですが(山岡義典さんはその後にNPO法をつくる方向に展開される)、25年の間に、すっかりこうした活動が太い流れになってきたのだなあ、と実感する1日でした。
今年は全部で172件の応募があり、いくつかの関門をくぐり抜けた15件が助成団体となっています。当日はこんな感じで発表を伺って、あれやこれやと知恵の交換をしていました。
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(写真はHC財団の大内さん提供)
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2000年から2005年ごろにかけて、5つくらいの自治体で「まちづくりファンド」などの市民団体への助成金への審査のお仕事を集中的に引き受けていた時期があり、それは私にとって、地域社会で起きている課題と、それに対して市民が時に野性的に、時に規範的に組み立てた対応を知る、とても勉強になる時間でした。
地域のプランニングにとりかかる時に、客観的な分析作業をして地域社会で起きている課題を抽出する、という方法はもちろん大事なのですが、まちづくりファンドを、ある時点の多主体の主観的な課題認識とそれへの対応策をざっくりと網にかける方法として捉えると、地域社会分析の一つの手法として捉え直すことができますね。
ハウジング&コミュニティ財団はこれまでの助成団体の一覧を公開しているので、これらを分析することで地域社会の課題変化の一断面を切り出すことができます。
ちなみに、今年は、ともかく空き家を使った提案が多かったです。私は今年からですが、これは近年の傾向なのかもしれないです。見学会で見た尾道の取り組みにもたくさんのヒントがありました。
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とはいえ、「ハウジング」も「コミュニティ」も、はたまた「すまい」も「まちづくり」も、もともと日本の社会の中には無かった言葉であり、饗庭説では、人口増加をとりあえず乗り切るためにやむを得ず導入された言葉。
人口が減っていくと、この言葉を使わなくてもよくなってくるはず、わざわざこの言葉で結びつかずとも地域社会は運営されていくはずなので、その時にこれらの言葉とどう距離を取っていくのかが、最近の饗庭の研究テーマではあります。
交流会に参加した今年の助成団体の活動を拝見しながら、この方々の野生感と規範感あふれる市民的実践を、「すまい」や「まちづくり」という言葉に無理に包摂せず、「すまい」や「まちづくり」という言葉を乗り越える実践としていくには、どういうふうにしたら良いのだろう、とつらつらと考えていました。
尾道を見て思ったのは、空き家や空き地がなんだか土木っぽいなあ、ということ。建物としての機能をいったん終えて、ただの土と木の構築物になったときに、それらを削り出すようにして空き家が再利用されています。
尾道は地形があるので、地形と一体化してしまった土と木の構築物を削り、再構築して新しい地形を作り出していく、という感じでしょうか。
その「地形をつくる」というところに、「すまい」や「まちづくり」という言葉を乗り越える実践があるのかなあ、とつらつらと考えています。
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尾道の人道橋。こんな感じで土と木が地形と一体化しています。

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