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2017年12月 5日 (火)

「ニュータウン 夢見た先に」について

2017年12月3日の朝日新聞の朝刊に「ニュータウン 夢見た先に」という特集記事がありました。記者さんは室矢英樹さん、大隈崇さんという方。リンクはこちら
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記事は全国のニュータウンを取り上げたもので、最初に多摩ニュータウンからスタートします。そこでは、永山4丁目の小泉さんという83歳の女性の「死んだら早く見つけてほしい」というコメントから始まり、ニュータウンが高齢化しており、高知県の大川村と同じような高齢化の水準にある、と論を進めます。
他のニュータウンのことはわからないのですが、この部分について私なりの見解を出しておきたいと思います。
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まず、多摩ニュータウンの高齢化率を他のニュータウンと比較したことがなかったのですが、この記事ではそういった作業をグラフィックで示してくださっており、多摩ニュータウンのそれはすごく低いです。明石舞子団地の41.1%に比べると、半分程度の21.3%と、全国平均すら下回っています。そのことまではきちんと記事に書いてあるのですが、そのあと永山4丁目だけを切り出して、高齢化率が42%というふうに論を展開します。
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これは都市の人口構造の分析をしていたらすぐに分かることですが、町丁目くらいに単位を落として分析をすると、データがどんどんでこぼこしてきます。例えば集合住宅が一つ建つと、そこに50世帯=150人くらいが越してくることになり、町丁目が1000人くらいの人口であったとすれば、1割以上の影響があっさりと出てしまいます。高齢者がもともとたくさん住んでいるところを狙って切り出せば、高齢化率はぐいぐいとあがるデータはとれるわけですから、永山4丁目だけを取り出すのは、微妙だなーという感想です。
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なぜ微妙なのか、もうすこし突っ込んで考えてみますと、都市や村という単位で分析することの意味は、そこに住んでいる人の生活圏全体を分析する、という意味につながっています。高知県の大川村は地図で見る限りは山の中にあり、人口も521人しかいない。そこに住む人はそこで生活の大部分を完結させないといけない。だけれども、高齢者だけで人口も少ないとなると、商業施設だけでなく医療などの生活サービスも立地しないので、だから高齢化は問題になるのだと思います。
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一方の永山4丁目はどうか。高齢化しているのはこの部分だけなので、周辺には若いファミリー世帯を狙った大型店が競うように立地しています。バスの本数(都民銀行前というバス停)は昼間でも10分に1本は通っていますし、タクシーはおそらく10分くらいで来てくれるでしょう。買い物に行きたくない人のために、少しお金を払えば生協が宅配をしてくれています。生協も競争しており、3社ー4社がこの地域にサービスを展開しているので、よりどりみどりです。
つまるところ、この地域の局所的な高齢化は、周辺の非高齢化にひっぱられるようにして形成されている環境に確実に支えられているわけです。ですから、この地域だけを切り出して議論することにはほとんど何の意味もないですし、現状を見る限り、83歳の高齢独身女性が安心して暮らし続けられる程度に理想的な環境、という見方のほうが正しいのではないでしょうか。
ちなみに、83歳の小泉さんが「仕事や育児に忙しい子どもに頼れない」というくだりがあるのですが、一般的に80代の方のお子さんが子育てをしているとは考えにくいので、これが小泉さんのコメントだとすると、かなり特殊な事例を取り上げたのかなあと思います。
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また、永山4丁目はUR都市機構の賃貸団地です。都市の問題を考えるときに、URの賃貸と、公営住宅は「別の生き物」と考えた方がよいです。某市(多摩市ではない)での空き家の調査の結果を見たことがあるのですが、UR賃貸の空き家が地域の空き家率を引き上げている、ということは多くあります。URの賃貸住宅はその政策的な性質上、家賃を市況にあわせて上下させることができないため、そこには周辺の市街地とのギャップが必ず発生します。(周辺の家賃が下がるとURは空くし、逆もある)市場からずれている、という点で、「別の生き物」と考えておいた方が無難です。
では、別の生き物が生きている意味があるのか、ないのか。
永山四丁目の個々の状況はデータがないのでわからないのですが、80代の高齢者が住み続けている、ということは、所得の中ー低位の高齢者に向けた、社会的な住宅として機能しているという意味があるとも考えられます。賃貸住宅であるので、「所有者が高齢化して建て替えの意思決定ができない」というような問題も発生しないはずなので、彼らの暮らしを支えられるところまで支え、その退去後にその時に困っている中ー低位の層に対する社会的な住宅として機能させることが可能なわけです。そういう意味では、社会のお荷物のような団地ではなく、財産なのではないだろうか、と思います。
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正直、今回の報道は、年に一度くらいある「多摩ニュータウン叩き」だなあ、と思ってうんざりしたのですが、まあ、上記のようなことを学生に教える問題提起みたいには使えるわけだなあ、と思いましたので、来年の授業にでも使ってみようと思っています。

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