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2018年9月25日 (火)

計画論的視点から -縮小都市において都市計画でどのように拠点を形成するか-

9月頭に開催された日本建築学会で「拠点論 ─計画された拠点と現実」というパネルディスカッションが開催されました。会場限定でしか購入できない資料だったので、饗庭の発表原稿をブログにも出しておきます。当日のスライドもつけておきます。
パネルディスカッションは大変に盛り上がりました。プログラムは以下の通り。詳細はこの資料の33ページにあります。
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司会  樋口 秀(長岡技術科学大学)
副司会 内田奈芳美(埼玉大学)
1. 主旨説明 野嶋慎二(福井大学)
2. 主題解説
❶計画論的視点から  饗庭 伸(首都大学東京)
❷地方都市に住まう視点から 北原啓司(弘前大学)
❸行政と市民の協働の視点から
森 民夫(前長岡市長/全国市長会長)
❹市民まちづくりの視点から 真野洋介(東京工業大学)
❺福祉・地域包括ケアの視点から
後藤 純(東京大学)
3. 討論
4. まとめ 浅野純一郎(豊橋技術科学大学)
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計画論的視点から -縮小都市において都市計画でどのように拠点を形成するか-
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1 本報告の目的
 都市計画マスタープランや立地適正化計画などで、様々な拠点を計画することがあるが、計画がうまく実現されず、拠点が形成されていないことがある。拠点はそもそも長い時間をかけて構築していくものではあるが、都市計画マスタープランが策定されてから20年が経つだろうから出来なかった理由は明らかだろうし、立地適正化計画はより機能的な「都市機能」という言葉を使って、具体的に市民の暮らしと仕事を支える拠点形成を促進するものであり、失敗は許されない。拠点を構築する計画論を論じておく、ということが本報告で筆者に与えられたお題である。
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スライド1 様々な拠点のイメージ
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 ごく単純な整理だが、「誰が拠点をつくっていくのか」という問いには、「私がつくる」「誰かにつくらせる」「私と誰かで協力してつくる」の3つの答えしかなく、この3つを組み合わせて拠点を形成していくしかない。能動的な拠点形成、受動的な拠点形成、その中間くらいの拠点形成ということだ。都市計画の場合、「私」は政府であり、「誰か」は民間や市民であるので、3つの答えはそれぞれ「政府がつくる」「民間や市民につくらせる」「政府と民間や市民で協力してつくる」ということになる。拠点が形成されていない、という問題は、この3種の主体の組み合わせのどこかがうまく機能していないということなのだろう。
 計画論とはそれぞれの拠点がうまく形成されるように、3種の主体が「どのようにつくるか」(あるいは「つくらせるか」)という議論である。すなわち「政府がどのようにつくるか」「民間や市民にどのようにつくらせるか」「政府と民間や市民で協力してどのようにつくるか」を検討することが本報告に与えられた問いなのであるが、3種の主体の「どのように」はそれぞれ異なり、同じように拠点をつくるわけではない。例えば政府がつくるとニュータウンの近隣センターのようになり、民間につくらせるとショッピングモールのようになり、政府と民間が協力してつくると市街地再開発のようになる。これらの違いは空間の違いだけでなく、それをつくる手順、それをつくる手法、出来あがった空間を経営する組織や人の違いであったりする。拠点を構築していく計画論とは、空間、手順、手法、組織や人などが異なる3種の空間をどのように組み合わせていくか、ということである。
 都市計画の実現手段は3種の主体に対応させて整理することができる。政府がつくる実現手段は道路や公園などの都市施設、民間や市民につくらせる実現手段は用途地域などのゾーニング、政府と民間や市民で協力してつくる実現手段は土地区画整理事業などの市街地開発事業である。どれも硬直化した、新しみのない実現手段のように見えるかもしれないが、冒頭に述べた通り「誰が拠点をつくっていくのか」という問いには答えは3つしかなく、この3種の可能性を最大限に引き出しつつ拠点を形成していくしかない。まず、都市計画と立地適正化計画をこの3種にあてはめて整理をするところから始めていきたい。
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2 都市計画の体系
 いかなる法律も制度も、過去からある法律や制度の蓄積の上に組み立てられ、過去のものにその経路を規定されるという「経路依存性」を持っている。つまり、都市計画法制度そのものが必ずしも体系的に発達してきたわけではないが、都市計画法がスタートして100年が経った現在に定説となっている都市計画法制度の体系の骨格が「目的と3つの手段」である。
 目的とはマスタープラン制度であり、都市の設計図に当たる。我が国の都市計画制度にはながらくマスタープラン制度がなかったが、1992年の法改正において都市計画マスタープラン制度が創設され、その後に都道府県のマスタープラン制度も創設された。2000年ごろにはほぼ全てのマスタープランが出揃い、それらは以後20年間にわたって都市の目標像でありつづけた。そこに描かれている都市像が実現すべき将来像であり、「目的と3つの手段」のうちの目的、都市の設計図となるものである。
 そして、設計図を実現する「手段」にあたるものは大きくゾーニング、都市施設、市街地開発事業の3種に分けられる。ゾーニングは誰かが持っている土地に政府が規制をかけ、土地の所有者がその規制にあわせて都市空間を実現していくという手段、都市施設は誰かが持っている土地を政府が税金を使って買収して都市空間を実現していくという手段、市街地開発事業は都市施設を包括的につくって土地を整え、事業によっては土地に建つ建物までも作り上げようという総合的な手段であり、これは政府と民間の協力によって都市空間を実現していくという手段である。
 この3種の手段は都市計画を誰がどう実現するのか、という点で3極に分かれている。都市計画法制度の中で編み出されたこの3種は普遍的であり、いかなる新しい都市計画の実現手段であっても、この3種のどれか、あるいはその混ぜ合わせに過ぎない。
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スライド2 拠点をつくる3つの手段
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3 立地適正化計画の機能
 この都市計画法制度の上に、2002年に新たに重ねられたのが都市再生特別措置法であり、都市再生特別措置法の改正で2014年に新たに加わったのが、立地適正化計画制度である。
 2002年の都市再生特別措置法の立法経緯について筆者は明るくないが、大雑把な認識を伝えるとすると、立法当初は都市開発分野における景気浮揚対策として時限的に立法されたものであり、都市計画法がカバーしているエリアのうちのごく一部の規制を特区的に緩和する、詳細化することを可能にする法律であった。都市計画法の中に地区計画制度をはじめとして特区的な方法が無かったわけではないが、既存の制度を充実化させる方向に法制度は成長せず、都市計画法の上に重ねるようにして都市再生特別措置法が立法された。
 筆者はこれは緊急的な仮設住宅のようなもので、いずれ撤去されていくのではないかと考えていたが、その後の都市計画法制の改正・充実化の流れの中で、都市再生特別措置法はどんどん成長し、その制御する平面を広げていった。庇を貸して母屋を取られる・・ではないが、それはもう限定的、時限的なものではなく、雑駁なイメージで恐縮だが、都市計画法で制御される平面と並行して都市再生特別措置法で制御される平面があり、都市は二つの法の平面の重ねあわせによって制御されているというイメージでとらえるとよいと思う。では「目的と3つの手段」の体系を持つ都市計画に重ねられた第二の平面をその体系にあわせて読み取ってみよう。立地適正化計画制度の機能を読み取ってみる。
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スライド3 都市計画法と都市再生特別措置法
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 まず、これは目的=マスタープランなのか手段なのかどちらなのか、という問題を検討しておこう。当初立地適正化計画は「都市計画マスタープランの高度化版」である、という説明がなされていた。このことをうけとめ、都市計画マスタープランと連動させて策定に取り組んだ自治体も少なく無い。しかしその一方で、これは後述するいくつかの実現手段をともなうものであった。都市機能誘導区域を設定すると区域外への都市機能の立地が制限されるし、区域内の都市機能の立地についてはインセンティブが付与される。例えば民間病院の建替えのような具体的な事業のイメージをもって策定に取り組んだ自治体も少なくない。つまり立地適正化計画がマスタープランなのか手段なのか、どちらに属するのか見解がわかれるところであり、法の定めがあるというよりは、自治体によってはビジョン的に使えるし、手段的に使うこともできると理解しておくしかないだろう。ただしここで留意しなくてはならないのは、「自治体によっては」と付記した通り、その見解は自治体の単位では統一されるべきであり、混同、混用すると問題が起きてしまうだろう。例えば多くの計画において、交通ターミナルから800mの徒歩圏を計測して都市機能誘導区域を設定していることがあるが、もしそれが「マスタープラン」の文脈の上にあるのならば、おおよそ歩いて暮らせる範囲を抽象的に示したものであると理解してもよいが、実現手段の文脈の上にあるのならば問題が多いだろう。なぜならこの800mの線は、その下にある地形地物や、既存の都市計画を全く考慮していないことが多いからである。
 次に、3つの手段にあてはめながら考えていこう。都市の中を二つの線によって三つの区域に区切ることからすれば、これはゾーニングの手法であるように見える。用途地域を始めとする既存のゾーニング制度の上に新しい区域が重ねがけされ、そこに新しく建物を建てようとする人に対してさらに一つの要求を付け加える、ということになる。しかしゾーニングは基本的に「待ち」の制度であり、都市に誰かが建物を建てようとしたときに始めて効力を発揮する仕組みである。裏をかえせば、誰も都市に新しく建物を建てようとしない場合には何の意味もない。立地適正化計画制度がそもそも人口減少社会を前提としたものであり、それは開発の減少を意味しているので、ゾーニングとしての立地適正化計画には、あまり意味がない可能性がある。
 では都市施設として見ることはできるだろうか。実態として都市機能誘導区域を設定し、そこに立地する都市機能を定める時に、特定の公共施設を当て書きすることが多く見られる。それは都市機能誘導区域における都市機能誘導施設には整備のためのインセンティブが与えられるからである。例えば、近々に図書館の整備が予定されている都市では、その図書館整備のための補助金をより多く獲得するために、急いで立地適正化計画を策定し、図書館を都市機能に位置付ける、ということが行われていたりする。こうした実態を見る限り、立地適正化計画を都市施設として理解することも可能だろう。都市計画法に基づく都市施設には道路や公園といったものが指定され、小学校や図書館といった公共施設は指定されないが、立地適正化計画は都市計画を補完するようにこの都市施設の指定先を広げたものであるとも理解できる。
 しかし、図書館はともかくとして、病院や大規模な商業施設は民間が整備することが多くある。その場合は、立地適正化計画に市街地開発事業の一手法という位置付けを与えることも可能だろう。例えば都市機能誘導区域の中に土地を確保し、そこに民間病院の建替えを誘致し、周辺の市街地の環境も整える、という取り組みが実質的になされていることがある。市街地開発事業を広義にとらえると、これも市街地開発事業の一形態である。かつての土地区画整理事業や市街地再開発事業のような大規模で時間がかかるような事業ではないが、必要な機能をしぼった、機動的な市街地開発事業であると言える。
 つまり、立地適正化計画にはマスタープラン的な側面も、ゾーニング的な側面も、都市施設的な側面も、市街地開発事業的な側面もあり、「目的と3つの手段」の体系を補強するように使いうる制度である。先ほど、都市計画法と都市再生特別措置法が、パラレルな二つの平面を形成していると述べた。二つが離れている、ということは状況にあわせて二つの平面を切り離して運用してもよいし、連携させて運用してもよい、という制度運用のタメ、自由度が作り出されているということである。例えば居住誘導区域を現行の用途地域に対して提案的に指定することによって、立地適正化計画は既存の都市計画が変わる可能性があることをやんわりと市民に伝える役割をはたすことができる。あるいは都市機能誘導区域をつなぐ交通軸を設定して、その軸と外れる長期未着手の都市計画道路について、将来的に廃止の可能性があることをやんわりと市民に伝える役割をはたすことができる。
 逆にここまで見てきた通り、立地適正化計画は単独ではほとんど機能を発揮できない。マスタープランとしても、ゾーニングとしても、都市施設としても、市街地開発事業としても単独では力を発揮できないほど弱いものであり、このことはもう一つの平面である都市計画法と連動させないと意味がない、ということである。立地適正化計画をつくったらその次は用途地域を本気になって変えるべきだし、長期未着手の都市施設の再編成を本気になってやるべきだし、採算がとれそうにない市街地開発事業を本気になって中止し、新しく必要な市街地開発事業を本気になって仕掛けるべきだ。
 では本報告の主題である拠点の形成について、どのように本気になって仕掛けていくべきだろうか。拠点のつくりかたに絞って考えていこう。
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4 人口減少時代の拠点
 まずは、計画対象となる拠点が目指すところについて簡単にまとめておこう。都市計画はよりよい暮らしと、よりよい仕事を実現するためにあるが、本報告で取り上げるのは(それは立地適正化計画が目指すものとほぼ同じであるが)、よりよい暮らしを支える拠点である。そこには市民が利用する公共施設や福祉施設、医療施設、教育施設、商業施設、移動を支える施設などが含まれる。こうしたものはそれぞれ固有の論理をもって都市の中にバラバラに立地してきたが、高齢化社会をむかえて、これらが歩いて暮らせる範囲に集積している必要性が認識されたこと、小規模な商業の維持の必要性が認識されたこと、そして人口減少社会をむかえて都市を計画的に縮小する必要性が認識されたことから、こうした施設を一つのエリアに立地させて拠点を形成する必要性が認識されるようになった。かつてから拠点をつくるということは様々な必要性から取り組まれてきたが、近年の拠点は、暮らしを支える諸機能を総合的に立地させようという点で計画論上は新しいものであるし、すでに固有の論理を持って都市の中に分散しているものを再度集約しようとするという点で計画論上の困難さを抱えている。
 計画作成の現場は随分と困難なものである。公共施設の立地については行政内部の意思形成が課題であるし、福祉施設や医療施設は民間の事業者も多く、その動きを簡単にはつくれない。商業施設は様々な業態の商業施設が中心部であろうと、郊外部であろうと、縁辺部であろうと散在し、お互いが計画などには従わず、競争している。拠点はこういったバラバラな動きを撚り合せるようにして形成せねばならず、ただ範囲を設定しただけで拠点が自動的に形成されるわけではない。そこにどのような計画論を持って切り込んでいけばよいのだろうか。
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5 拠点の計画論
 本稿を書くために大学の図書館に行き、建築設計資料集成をはじめとする設計の参考資料集を漁ってみた。そこで初めてわかったことは、「拠点」とは例えば複合的な商業施設、行政の複合施設、コミュニティ向けの複合施設、再開発事業等で作り出される駅前空間といったものであり、その「集合」を扱う計画論についてはあまり発達していないということである。考えてみれば当たり前である。ほとんどの設計者は拠点のごく一部を担当するしかなく、複数の施設が集積する拠点を同時に設計する機会など滅多にない。「集合としての拠点を設計する」ということを行なってきた経験は、ニュータウンのように都市をゼロから設計する場合におけるタウンセンターや、ある時期に取り組まれたシビックコア=官庁街の再編成の経験くらいであり、あまり計画論が発達していない。
 そして、施設の計画を中心とするこれらの計画論は、人口が減少していく都市においてあまり役にたたない。公共であれ、民間であれ、市民であれ集中的に投資をして白紙から空間を整備する機会はどんどん限定されていくだろうし、全体的に低密化していく都市において、集中的な投資がそれほど効果的であるとは考えられないからだ。3種の実現手段にあてはめて考えると、集中的な公共投資で作り上げられる都市施設の効果は限定的であるので、あまり投資をせずに都市施設を手早く効果的に作っていけるような計画論が必要だろうし、ゾーニングで広い範囲を全体的にゆっくりと変化させる計画論が必要だろうし、その時に集中的な市街地開発事業ではなく、あちこちで起きる民間の小さな動きと行政がきめ細かく協働できるような計画論が必要である。
 まだ未熟なこれら3種の計画論にはどのような展開可能性があるのか、最後に検討しておこう。
①都市施設の計画論
 都市施設の計画論には多くの蓄積がある。コミュニティセンター、教育施設、病院、行政センターなど、さまざまな建築タイプごとに計画論が積み上げられてきた。そして近年になってこれらに付け加えられつつある知見は、時間の中での変化への対応である。それは例えば小学校が児童の減少にともなって地域の拠点的な施設に転換するときのリノベーションの手法などである。
 都市施設は当初は目的にあわせて限定的な空間がつくられる。それに対して作られた都市施設を新しい目的にあわせて転用する、あるいは空き家などの空いた空間を都市施設に転用する、さらには将来的におこりうる変化を見越して、変化に対応できるようにこれからの都市施設を設計しておく、といった計画論が蓄積されており、こういった計画論が拠点の計画により高い自由度を与えることになるだろう。
②ゾーニング
 ゾーニングによって市民や民間に施設をつくらせて受動的に拠点を形成することについての計画論にはあまり蓄積がなく、多くの自治体が方策なくとまどっている状況がある。しかし、計画論の素材はそれぞれの自治体の足元にしかない。用途地域が敷かれてから100年近くが経つ自治体も少なくなく、例えば商業地域がどのような、準工業地域がどのような拠点をこれまで形成してきたのか、そこにどのようなタイミングでどのように建物が張り付いているのかを分析し、そのなかで「望ましいもの」を伸ばし、「望ましくないもの」を規制するというふうにゾーニング自身を少しずつ調整していくことは可能だろう。ゾーニングは固定的なもの、なかなか変えられないものという常識が蔓延しているが、様子を見ながら、3年から5年程度のスパンでより機動的に、地域に丁寧に水やりをするような感覚でゾーニングを細かく変化させていくことが必要なのだろう。
③市街地開発事業
 協働でつくる市街地開発事業についての計画論は豊かにあるように見える。市街地再開発の取り組みは多く、かつて「駅前シリーズ」と揶揄されたような判で押したような退屈な空間パターンは確立されているし、それを崩すように新しい開発が取り組まれてきた。しかし、こうした計画論は、永遠に使える固定的な空間を公民でつくることに終始してきた。人口減少時代において必要なのは、行政と市民と民間が、それぞれの固有の論理を崩さないまま自然に協働し、様々な規模、様々な時限をもった空間をつくりあげることである。
 これについては地方都市(例えば富良野の再開発など)や被災地(例えば大船渡の駅前開発など)での拠点形成のように、不動産市場が低調なところ、つまり貨幣のよって簡単に資源が調達できないところでの取り組みに多くの工夫があるのではないだろうか。拠点に集約される各種の都市機能は、それぞれ固有の論理によって規定されている。個人医院の立地を規定する論理と歯科医が立地の立地を規定する論理は異なる。図書館の立地を規定する論理とショッピングセンターの立地を規定する論理も異なる。同じ商業施設でも、生鮮産品と電気屋の立地を規定する論理が異なる。これらの都市機能ごとの論理をできるだけ丁寧に読み切り、それらを自然に協働させることによって一つの拠点を作り上げていくという計画論が求められるのであろう。
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スライド4 3つの手段の計画論とこれから
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6 おわりに
 本報告では「目的と3つの手段」の体系にあわせて、都市計画とそこに新たに重ねられた立地適正化計画制度の機能を分析し、同制度のゾーニング、都市施設、市街地開発事業としての役割を明らかにした。そして拠点の計画論を同様に「3つの手段」の体系にあわせて検討した。立地適正化計画と都市計画が連動して、3つの手段をうまく使って拠点を形成していくことが望まれ、本報告がその一助となったら幸いである。

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