« 2018年4月 | トップページ

2018年9月

2018年9月25日 (火)

計画論的視点から -縮小都市において都市計画でどのように拠点を形成するか-

9月頭に開催された日本建築学会で「拠点論 ─計画された拠点と現実」というパネルディスカッションが開催されました。会場限定でしか購入できない資料だったので、饗庭の発表原稿をブログにも出しておきます。当日のスライドもつけておきます。
パネルディスカッションは大変に盛り上がりました。プログラムは以下の通り。詳細はこの資料の33ページにあります。
----
司会  樋口 秀(長岡技術科学大学)
副司会 内田奈芳美(埼玉大学)
1. 主旨説明 野嶋慎二(福井大学)
2. 主題解説
❶計画論的視点から  饗庭 伸(首都大学東京)
❷地方都市に住まう視点から 北原啓司(弘前大学)
❸行政と市民の協働の視点から
森 民夫(前長岡市長/全国市長会長)
❹市民まちづくりの視点から 真野洋介(東京工業大学)
❺福祉・地域包括ケアの視点から
後藤 純(東京大学)
3. 討論
4. まとめ 浅野純一郎(豊橋技術科学大学)
---
計画論的視点から -縮小都市において都市計画でどのように拠点を形成するか-
---
1 本報告の目的
 都市計画マスタープランや立地適正化計画などで、様々な拠点を計画することがあるが、計画がうまく実現されず、拠点が形成されていないことがある。拠点はそもそも長い時間をかけて構築していくものではあるが、都市計画マスタープランが策定されてから20年が経つだろうから出来なかった理由は明らかだろうし、立地適正化計画はより機能的な「都市機能」という言葉を使って、具体的に市民の暮らしと仕事を支える拠点形成を促進するものであり、失敗は許されない。拠点を構築する計画論を論じておく、ということが本報告で筆者に与えられたお題である。
-
Aij002
スライド1 様々な拠点のイメージ
-
 ごく単純な整理だが、「誰が拠点をつくっていくのか」という問いには、「私がつくる」「誰かにつくらせる」「私と誰かで協力してつくる」の3つの答えしかなく、この3つを組み合わせて拠点を形成していくしかない。能動的な拠点形成、受動的な拠点形成、その中間くらいの拠点形成ということだ。都市計画の場合、「私」は政府であり、「誰か」は民間や市民であるので、3つの答えはそれぞれ「政府がつくる」「民間や市民につくらせる」「政府と民間や市民で協力してつくる」ということになる。拠点が形成されていない、という問題は、この3種の主体の組み合わせのどこかがうまく機能していないということなのだろう。
 計画論とはそれぞれの拠点がうまく形成されるように、3種の主体が「どのようにつくるか」(あるいは「つくらせるか」)という議論である。すなわち「政府がどのようにつくるか」「民間や市民にどのようにつくらせるか」「政府と民間や市民で協力してどのようにつくるか」を検討することが本報告に与えられた問いなのであるが、3種の主体の「どのように」はそれぞれ異なり、同じように拠点をつくるわけではない。例えば政府がつくるとニュータウンの近隣センターのようになり、民間につくらせるとショッピングモールのようになり、政府と民間が協力してつくると市街地再開発のようになる。これらの違いは空間の違いだけでなく、それをつくる手順、それをつくる手法、出来あがった空間を経営する組織や人の違いであったりする。拠点を構築していく計画論とは、空間、手順、手法、組織や人などが異なる3種の空間をどのように組み合わせていくか、ということである。
 都市計画の実現手段は3種の主体に対応させて整理することができる。政府がつくる実現手段は道路や公園などの都市施設、民間や市民につくらせる実現手段は用途地域などのゾーニング、政府と民間や市民で協力してつくる実現手段は土地区画整理事業などの市街地開発事業である。どれも硬直化した、新しみのない実現手段のように見えるかもしれないが、冒頭に述べた通り「誰が拠点をつくっていくのか」という問いには答えは3つしかなく、この3種の可能性を最大限に引き出しつつ拠点を形成していくしかない。まず、都市計画と立地適正化計画をこの3種にあてはめて整理をするところから始めていきたい。
-
2 都市計画の体系
 いかなる法律も制度も、過去からある法律や制度の蓄積の上に組み立てられ、過去のものにその経路を規定されるという「経路依存性」を持っている。つまり、都市計画法制度そのものが必ずしも体系的に発達してきたわけではないが、都市計画法がスタートして100年が経った現在に定説となっている都市計画法制度の体系の骨格が「目的と3つの手段」である。
 目的とはマスタープラン制度であり、都市の設計図に当たる。我が国の都市計画制度にはながらくマスタープラン制度がなかったが、1992年の法改正において都市計画マスタープラン制度が創設され、その後に都道府県のマスタープラン制度も創設された。2000年ごろにはほぼ全てのマスタープランが出揃い、それらは以後20年間にわたって都市の目標像でありつづけた。そこに描かれている都市像が実現すべき将来像であり、「目的と3つの手段」のうちの目的、都市の設計図となるものである。
 そして、設計図を実現する「手段」にあたるものは大きくゾーニング、都市施設、市街地開発事業の3種に分けられる。ゾーニングは誰かが持っている土地に政府が規制をかけ、土地の所有者がその規制にあわせて都市空間を実現していくという手段、都市施設は誰かが持っている土地を政府が税金を使って買収して都市空間を実現していくという手段、市街地開発事業は都市施設を包括的につくって土地を整え、事業によっては土地に建つ建物までも作り上げようという総合的な手段であり、これは政府と民間の協力によって都市空間を実現していくという手段である。
 この3種の手段は都市計画を誰がどう実現するのか、という点で3極に分かれている。都市計画法制度の中で編み出されたこの3種は普遍的であり、いかなる新しい都市計画の実現手段であっても、この3種のどれか、あるいはその混ぜ合わせに過ぎない。
-
Aij003
スライド2 拠点をつくる3つの手段
-
3 立地適正化計画の機能
 この都市計画法制度の上に、2002年に新たに重ねられたのが都市再生特別措置法であり、都市再生特別措置法の改正で2014年に新たに加わったのが、立地適正化計画制度である。
 2002年の都市再生特別措置法の立法経緯について筆者は明るくないが、大雑把な認識を伝えるとすると、立法当初は都市開発分野における景気浮揚対策として時限的に立法されたものであり、都市計画法がカバーしているエリアのうちのごく一部の規制を特区的に緩和する、詳細化することを可能にする法律であった。都市計画法の中に地区計画制度をはじめとして特区的な方法が無かったわけではないが、既存の制度を充実化させる方向に法制度は成長せず、都市計画法の上に重ねるようにして都市再生特別措置法が立法された。
 筆者はこれは緊急的な仮設住宅のようなもので、いずれ撤去されていくのではないかと考えていたが、その後の都市計画法制の改正・充実化の流れの中で、都市再生特別措置法はどんどん成長し、その制御する平面を広げていった。庇を貸して母屋を取られる・・ではないが、それはもう限定的、時限的なものではなく、雑駁なイメージで恐縮だが、都市計画法で制御される平面と並行して都市再生特別措置法で制御される平面があり、都市は二つの法の平面の重ねあわせによって制御されているというイメージでとらえるとよいと思う。では「目的と3つの手段」の体系を持つ都市計画に重ねられた第二の平面をその体系にあわせて読み取ってみよう。立地適正化計画制度の機能を読み取ってみる。
-
Aij004
スライド3 都市計画法と都市再生特別措置法
-
 まず、これは目的=マスタープランなのか手段なのかどちらなのか、という問題を検討しておこう。当初立地適正化計画は「都市計画マスタープランの高度化版」である、という説明がなされていた。このことをうけとめ、都市計画マスタープランと連動させて策定に取り組んだ自治体も少なく無い。しかしその一方で、これは後述するいくつかの実現手段をともなうものであった。都市機能誘導区域を設定すると区域外への都市機能の立地が制限されるし、区域内の都市機能の立地についてはインセンティブが付与される。例えば民間病院の建替えのような具体的な事業のイメージをもって策定に取り組んだ自治体も少なくない。つまり立地適正化計画がマスタープランなのか手段なのか、どちらに属するのか見解がわかれるところであり、法の定めがあるというよりは、自治体によってはビジョン的に使えるし、手段的に使うこともできると理解しておくしかないだろう。ただしここで留意しなくてはならないのは、「自治体によっては」と付記した通り、その見解は自治体の単位では統一されるべきであり、混同、混用すると問題が起きてしまうだろう。例えば多くの計画において、交通ターミナルから800mの徒歩圏を計測して都市機能誘導区域を設定していることがあるが、もしそれが「マスタープラン」の文脈の上にあるのならば、おおよそ歩いて暮らせる範囲を抽象的に示したものであると理解してもよいが、実現手段の文脈の上にあるのならば問題が多いだろう。なぜならこの800mの線は、その下にある地形地物や、既存の都市計画を全く考慮していないことが多いからである。
 次に、3つの手段にあてはめながら考えていこう。都市の中を二つの線によって三つの区域に区切ることからすれば、これはゾーニングの手法であるように見える。用途地域を始めとする既存のゾーニング制度の上に新しい区域が重ねがけされ、そこに新しく建物を建てようとする人に対してさらに一つの要求を付け加える、ということになる。しかしゾーニングは基本的に「待ち」の制度であり、都市に誰かが建物を建てようとしたときに始めて効力を発揮する仕組みである。裏をかえせば、誰も都市に新しく建物を建てようとしない場合には何の意味もない。立地適正化計画制度がそもそも人口減少社会を前提としたものであり、それは開発の減少を意味しているので、ゾーニングとしての立地適正化計画には、あまり意味がない可能性がある。
 では都市施設として見ることはできるだろうか。実態として都市機能誘導区域を設定し、そこに立地する都市機能を定める時に、特定の公共施設を当て書きすることが多く見られる。それは都市機能誘導区域における都市機能誘導施設には整備のためのインセンティブが与えられるからである。例えば、近々に図書館の整備が予定されている都市では、その図書館整備のための補助金をより多く獲得するために、急いで立地適正化計画を策定し、図書館を都市機能に位置付ける、ということが行われていたりする。こうした実態を見る限り、立地適正化計画を都市施設として理解することも可能だろう。都市計画法に基づく都市施設には道路や公園といったものが指定され、小学校や図書館といった公共施設は指定されないが、立地適正化計画は都市計画を補完するようにこの都市施設の指定先を広げたものであるとも理解できる。
 しかし、図書館はともかくとして、病院や大規模な商業施設は民間が整備することが多くある。その場合は、立地適正化計画に市街地開発事業の一手法という位置付けを与えることも可能だろう。例えば都市機能誘導区域の中に土地を確保し、そこに民間病院の建替えを誘致し、周辺の市街地の環境も整える、という取り組みが実質的になされていることがある。市街地開発事業を広義にとらえると、これも市街地開発事業の一形態である。かつての土地区画整理事業や市街地再開発事業のような大規模で時間がかかるような事業ではないが、必要な機能をしぼった、機動的な市街地開発事業であると言える。
 つまり、立地適正化計画にはマスタープラン的な側面も、ゾーニング的な側面も、都市施設的な側面も、市街地開発事業的な側面もあり、「目的と3つの手段」の体系を補強するように使いうる制度である。先ほど、都市計画法と都市再生特別措置法が、パラレルな二つの平面を形成していると述べた。二つが離れている、ということは状況にあわせて二つの平面を切り離して運用してもよいし、連携させて運用してもよい、という制度運用のタメ、自由度が作り出されているということである。例えば居住誘導区域を現行の用途地域に対して提案的に指定することによって、立地適正化計画は既存の都市計画が変わる可能性があることをやんわりと市民に伝える役割をはたすことができる。あるいは都市機能誘導区域をつなぐ交通軸を設定して、その軸と外れる長期未着手の都市計画道路について、将来的に廃止の可能性があることをやんわりと市民に伝える役割をはたすことができる。
 逆にここまで見てきた通り、立地適正化計画は単独ではほとんど機能を発揮できない。マスタープランとしても、ゾーニングとしても、都市施設としても、市街地開発事業としても単独では力を発揮できないほど弱いものであり、このことはもう一つの平面である都市計画法と連動させないと意味がない、ということである。立地適正化計画をつくったらその次は用途地域を本気になって変えるべきだし、長期未着手の都市施設の再編成を本気になってやるべきだし、採算がとれそうにない市街地開発事業を本気になって中止し、新しく必要な市街地開発事業を本気になって仕掛けるべきだ。
 では本報告の主題である拠点の形成について、どのように本気になって仕掛けていくべきだろうか。拠点のつくりかたに絞って考えていこう。
-
4 人口減少時代の拠点
 まずは、計画対象となる拠点が目指すところについて簡単にまとめておこう。都市計画はよりよい暮らしと、よりよい仕事を実現するためにあるが、本報告で取り上げるのは(それは立地適正化計画が目指すものとほぼ同じであるが)、よりよい暮らしを支える拠点である。そこには市民が利用する公共施設や福祉施設、医療施設、教育施設、商業施設、移動を支える施設などが含まれる。こうしたものはそれぞれ固有の論理をもって都市の中にバラバラに立地してきたが、高齢化社会をむかえて、これらが歩いて暮らせる範囲に集積している必要性が認識されたこと、小規模な商業の維持の必要性が認識されたこと、そして人口減少社会をむかえて都市を計画的に縮小する必要性が認識されたことから、こうした施設を一つのエリアに立地させて拠点を形成する必要性が認識されるようになった。かつてから拠点をつくるということは様々な必要性から取り組まれてきたが、近年の拠点は、暮らしを支える諸機能を総合的に立地させようという点で計画論上は新しいものであるし、すでに固有の論理を持って都市の中に分散しているものを再度集約しようとするという点で計画論上の困難さを抱えている。
 計画作成の現場は随分と困難なものである。公共施設の立地については行政内部の意思形成が課題であるし、福祉施設や医療施設は民間の事業者も多く、その動きを簡単にはつくれない。商業施設は様々な業態の商業施設が中心部であろうと、郊外部であろうと、縁辺部であろうと散在し、お互いが計画などには従わず、競争している。拠点はこういったバラバラな動きを撚り合せるようにして形成せねばならず、ただ範囲を設定しただけで拠点が自動的に形成されるわけではない。そこにどのような計画論を持って切り込んでいけばよいのだろうか。
-
5 拠点の計画論
 本稿を書くために大学の図書館に行き、建築設計資料集成をはじめとする設計の参考資料集を漁ってみた。そこで初めてわかったことは、「拠点」とは例えば複合的な商業施設、行政の複合施設、コミュニティ向けの複合施設、再開発事業等で作り出される駅前空間といったものであり、その「集合」を扱う計画論についてはあまり発達していないということである。考えてみれば当たり前である。ほとんどの設計者は拠点のごく一部を担当するしかなく、複数の施設が集積する拠点を同時に設計する機会など滅多にない。「集合としての拠点を設計する」ということを行なってきた経験は、ニュータウンのように都市をゼロから設計する場合におけるタウンセンターや、ある時期に取り組まれたシビックコア=官庁街の再編成の経験くらいであり、あまり計画論が発達していない。
 そして、施設の計画を中心とするこれらの計画論は、人口が減少していく都市においてあまり役にたたない。公共であれ、民間であれ、市民であれ集中的に投資をして白紙から空間を整備する機会はどんどん限定されていくだろうし、全体的に低密化していく都市において、集中的な投資がそれほど効果的であるとは考えられないからだ。3種の実現手段にあてはめて考えると、集中的な公共投資で作り上げられる都市施設の効果は限定的であるので、あまり投資をせずに都市施設を手早く効果的に作っていけるような計画論が必要だろうし、ゾーニングで広い範囲を全体的にゆっくりと変化させる計画論が必要だろうし、その時に集中的な市街地開発事業ではなく、あちこちで起きる民間の小さな動きと行政がきめ細かく協働できるような計画論が必要である。
 まだ未熟なこれら3種の計画論にはどのような展開可能性があるのか、最後に検討しておこう。
①都市施設の計画論
 都市施設の計画論には多くの蓄積がある。コミュニティセンター、教育施設、病院、行政センターなど、さまざまな建築タイプごとに計画論が積み上げられてきた。そして近年になってこれらに付け加えられつつある知見は、時間の中での変化への対応である。それは例えば小学校が児童の減少にともなって地域の拠点的な施設に転換するときのリノベーションの手法などである。
 都市施設は当初は目的にあわせて限定的な空間がつくられる。それに対して作られた都市施設を新しい目的にあわせて転用する、あるいは空き家などの空いた空間を都市施設に転用する、さらには将来的におこりうる変化を見越して、変化に対応できるようにこれからの都市施設を設計しておく、といった計画論が蓄積されており、こういった計画論が拠点の計画により高い自由度を与えることになるだろう。
②ゾーニング
 ゾーニングによって市民や民間に施設をつくらせて受動的に拠点を形成することについての計画論にはあまり蓄積がなく、多くの自治体が方策なくとまどっている状況がある。しかし、計画論の素材はそれぞれの自治体の足元にしかない。用途地域が敷かれてから100年近くが経つ自治体も少なくなく、例えば商業地域がどのような、準工業地域がどのような拠点をこれまで形成してきたのか、そこにどのようなタイミングでどのように建物が張り付いているのかを分析し、そのなかで「望ましいもの」を伸ばし、「望ましくないもの」を規制するというふうにゾーニング自身を少しずつ調整していくことは可能だろう。ゾーニングは固定的なもの、なかなか変えられないものという常識が蔓延しているが、様子を見ながら、3年から5年程度のスパンでより機動的に、地域に丁寧に水やりをするような感覚でゾーニングを細かく変化させていくことが必要なのだろう。
③市街地開発事業
 協働でつくる市街地開発事業についての計画論は豊かにあるように見える。市街地再開発の取り組みは多く、かつて「駅前シリーズ」と揶揄されたような判で押したような退屈な空間パターンは確立されているし、それを崩すように新しい開発が取り組まれてきた。しかし、こうした計画論は、永遠に使える固定的な空間を公民でつくることに終始してきた。人口減少時代において必要なのは、行政と市民と民間が、それぞれの固有の論理を崩さないまま自然に協働し、様々な規模、様々な時限をもった空間をつくりあげることである。
 これについては地方都市(例えば富良野の再開発など)や被災地(例えば大船渡の駅前開発など)での拠点形成のように、不動産市場が低調なところ、つまり貨幣のよって簡単に資源が調達できないところでの取り組みに多くの工夫があるのではないだろうか。拠点に集約される各種の都市機能は、それぞれ固有の論理によって規定されている。個人医院の立地を規定する論理と歯科医が立地の立地を規定する論理は異なる。図書館の立地を規定する論理とショッピングセンターの立地を規定する論理も異なる。同じ商業施設でも、生鮮産品と電気屋の立地を規定する論理が異なる。これらの都市機能ごとの論理をできるだけ丁寧に読み切り、それらを自然に協働させることによって一つの拠点を作り上げていくという計画論が求められるのであろう。
-
Aij005
スライド4 3つの手段の計画論とこれから
-
6 おわりに
 本報告では「目的と3つの手段」の体系にあわせて、都市計画とそこに新たに重ねられた立地適正化計画制度の機能を分析し、同制度のゾーニング、都市施設、市街地開発事業としての役割を明らかにした。そして拠点の計画論を同様に「3つの手段」の体系にあわせて検討した。立地適正化計画と都市計画が連動して、3つの手段をうまく使って拠点を形成していくことが望まれ、本報告がその一助となったら幸いである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月22日 (土)

国土強靭化と都市計画

2018年の3月に、日本測量協会が刊行している「測量」という雑誌に、「国土強靭化と都市計画」と題したテキストを寄稿しました。こちらにも公開しておきます。
------------------
1 はじめに
 人口が減っていくなか、都市はどのように変わっていくべきか。そこにどのような「強さ」と「しなやかさ」を仕込んでいくか。そのことを考えることが都市計画の専門家の仕事である。どのようなことを考えながら仕事をしているのか、大きなスケールから小さなスケールまで、スケールごとに述べていきたい。
-
2 自然と人
 あるまちから計画の相談が持ち込まれて、地図を広げる。地形を読み取るところから始める。高いところから低いところへと流れる水の流れを想像する。どこに降った雨が、どこを流れ、どのように土地を潤して、どのように海に流れ込むか、等高線や航空写真をざっくりと見るだけで、おおよそのことは類推できる。
 地形を見ながら自然と人のせめぎ合いを見る。最初期に人が住むところは水の流れのそばに発達したのだろう。しばしば限界集落とよばれる山間地、中山間地の集落は、その地域の人間居住の原初であることもある。小さな家が固まるように建ち、その周辺に畑が広がり後背に里山を抱える。長い時間の中で磨かれてきた、人々が助け合って食べていくための最小の単位がそこにある。
 こうした集落から、人の圏域の中心は、農業の生産性の向上をもとめて、あるいはより暮らしやすい居住地をもとめて、平らなところ、交通が便利なところへと動いていく。かつては稲が経済の中心にあったので、稲作に向いた平らな土地の獲得が社会の目標であった。土をならして広く平らな土地をつくり、そこを水が潤す仕組みを張り巡らしていく。
 自然は人がそれを自然と呼ぶはるか前からそこにあったものであり、人が一方的にそれを侵食してきた。時に押し込み、時に押し戻される。自然が人を押し戻す力の大きなものは災害であり、小さなものは獣害といったような言葉であらわされる。「害」にあわないように、地面を固めたり、水の流れを整えたり、自然との境界に工夫をしたり、人は大小の構築物をつくってきた。人が増えていた時期にたくさんの構築物が作られ、自然と人の関係はやや固定されたようにも見える。しかし構築物も徐々に劣化し、人が減るにともなってゆっくりと機能を失っていく。構築物の劣化の速度と人が減る速度は異なる。そのズレを細々と修復しながら、自然と人の関係の均衡を保っていくことがこれから必要なことなのだろう。
-
Fig1
東北のある漁村の風景:食い扶持は海で稼ぎ、住宅のまわりには自家用の農地が広がっている。何度も津波にあってきたこの村は長い時間をかけて高いところに上がり、自然とのバランスをとっている。
-
3 農地と都市
 人の圏域の中では農地と都市がせめぎ合ってきた。産業の中心が第一次産業から第二次産業、第三次産業へとうつる過程で、農地が減り、第二次産業、第三次産業を内に包んだ都市が増えることになる。
 農地と都市を分けるのは「線引き」と呼ばれる都市計画の法である。1968年に誕生したこの法は、その線の片側を都市化しないエリアに、反対側を都市化するエリアに定めるものであった。しかし、農地の側にも都市にしたい人が、都市の側にも農業を続けたい人がいて、それぞれが50年の間その考えを変えなかったため、農地と都市の境目には、二つがまざりあったぼんやりした土地が広がっていることが多い。法が強い権力を持って空間を捌くことができなかったために、農地と都市のせめぎ合いは農地と都市のどちらがどれくらいの仕事を作れたかで決まってくる。農地の仕事が確実にある都市では、農地と都市の境界がはっきりしている。
 農家の数は減っているが、農地の面積は減っていない。漁師の数は減っているが、魚の数は減らない。あるまちの都市計画の仕事を手伝っている時に聞いた言葉である。農地と都市のせめぎあいは、線引きなどの法で決められることではなく、農地の側でどのように仕事が再編成されるかで決まってくる。その量はどのように見極められるだろうか。
-
Fig2
四国地方のある都市の郊外部:都市と農地が等しく混じり合った風景が広がっている。
-
4 二つの産業と住宅地
 都市の中では、第二次産業と第三次産業、つまり工業と農業と住宅地の空間がせめぎあっている。都市計画はそのせめぎ合いを調整してきた。
 市町村ごとに作られている都市計画図を見る。カラフルな色は用途地域と呼ばれる、土地の使い方の意図を示したものである。都市計画図は現在の都市の地図の上に重ねて描かれているので、目を凝らすと計画の意図のもとで、どのように市街地が形成されてきたのかを読み取ることができる。
-
Fig3
東京郊外のある都市の都市計画図
-
 明治21年にスタートした近代の都市計画にはたかだか130年の歴史しかない。それ以前の江戸時代の都市計画は、武士、農民、町人などの身分に連動させて土地の使い方を定めたものであった。近代になって身分制がなくなったため、都市計画も身分と結びつけられず、土地の用途だけでコントロールされるようになった。だから用途地域という素っ気ない名前がつけられている。
 農業と工業と商業のうち、農業は都市の外側にあるものとされ、近代化の中で発達する工業と商業の空間と、そこから分離した住宅地が都市を構成する要素となった。3つの空間が混在すると公害などの問題が発生するが、分けすぎると不便になる。3つの空間をどのように組み立てるかが都市計画の中心課題であった。工業をある部分に集中させ、商業を利便性の高い都市の中心部におき、住宅地を周辺に配置する。
 そういうことを続けてきた130年の間、3つの空間を構成する一つ一つのピースは独自の進化を遂げた。生物の新陳代謝と異なり、都市では一つのピースが抜けた後に、同じピースが生成されることは二度とない。商業のピースは、商店街から始まって、スーパーマーケット、大型モール、コンビニエンスストアと次々と進化を遂げてきた。工業のピースは、そこで何が作られるのかによって空間が異なり、小さな町工場から巨大な工場や発電施設まで、そこにあるものも、大きさも様々である。住宅は土地を細かく分けた極小住宅から、住宅を数百メートルの高さにまで積み上げた超高層住宅まで、様々なピースが開発されてきた。
 都市のプレイヤーがたくさんのピースを持ち、一つのパズルに取り組んでいる状況を想像するとよい。土地があいたところに誰かが手を伸ばし、早い者勝ちで自分のピースを埋め込む。大きめのピースしか持っていないプレイヤーもいるし、特殊な形のピースしか持っていないプレイヤーもいる。形を変えることができるトランプのジョーカーのようなピースを持っているプレイヤーもいる。
-
Fig4_2
東京郊外のショッピングモール:巨大なモール内に巨大なフードコートがあり、老若男女が食事を楽しんでいる。商業開発の最新形である。
-
 都市計画は、これらのピースが混じりあわないように130年の間、パズルをコントロールしてきた。だが法がパズルを詳細にコントロール出来たわけではない。都市計画図を読むと、もともとは工業のための空間であったのに大型モールが立地している場所、もともとは商店街であったのに高層マンションが林立している場所、町工場の集積に極小住宅が貫入してきた場所など、たくさんのずれを見つけることができる。130年間にわたるパズルで、3つの空間は混ざり合ってしまったのである。
 人が減る時代になって都市の内部に大小様々な空き地が生まれているが、それは空いた土地にぴったりとはまるピースを誰も持っていないからである。情報をしっかりと発信すれば、遠くのほうからピースを持った人が現れるかもしれない。あるいは土地を広げたり形を整えたりすれば、すでにあるピースが入ってくるかもしれない。あるいはその都市に合ったピースを一から作ってもよいかもしれない。地産地消のカフェをやりたい若者や、オーダーメードの靴を製作する職人のためのピースを作るというようなことである。
-
5 住宅と住宅
 ある住宅地から、住民が高齢化して空き家や空き地が増えてきた、地域としてどういったことをやったらよいのだろうか、という相談が持ち込まれる。開発されてから30年、40年が経った住宅地である。
 ほとんどの住宅地は、土地が個々の宅地に細かく分けられ、それぞれの宅地の所有者が異なる分譲住宅地である。宅地の所有者は、それぞれの人生の都合にあわせて土地を使ったり、使わなかったりする。人口は減少していくので、空き家や空き地が増えていくが、向こう三軒両隣が同時に空き家になるというようなことは少なく、空き家や空き地は住宅地のあちこちでランダムに発生する。都市に小さな穴が空いて低密化していくこの現象をスポンジ化と呼ぶ。
 住宅地を町内会長に案内してもらう。あの人は入院してからしばらくしていなくなっちゃてね、こっちの家は息子さんが継いだはずなんだけど住んでないみたいなんだよね、こっちの空き地は町内会のみんなで草取りをやったんだよ・・そういった情報を耳に入れながら、スポンジ化の現象を確かめていく。
-
Fig5
東京郊外の住宅地のスポンジ化の様子:住宅が古び、空き地があちこちに発生してる。
-
 山間地、中山間地の集落は、自然と人とのせめぎ合いのなかで規定されていた。住宅地を規定しているものはなんだろうか。市場において貨幣と交換可能な商品としてそれぞれの宅地は規格化されている。住宅は市場を通じて規定され、店頭に並ぶ商品と商品の間に意味が見出せないのと同様に、住宅と住宅の関係からはあまり規定されない。そこにはそれらが40年の間に隣り合っていたことによってかろうじて形成されたコミュニティと、個々の住宅の中で形づくられた40年分の家族の歴史しか残っていない。市場とコミュニティと家族が作り出す弱い磁場が住宅地を規定しているのである。
 いやあ、私たちは買い物難民で、行政からも見捨てられているんですよ、おおきなメディアで拡散された判で押されたような評価をそのまま繰り返す町会長もいる。自分の暮らしがどう成り立っているのか、日々の暮らしの中でしっかり確認をしている人ほど、そういうことを言わないものだ。都市計画は道路を作り続けたので、たいていの場所に宅配便はやってくるので買い物に困ることはない。スポンジ化は小さくゆっくりと進行するので、住宅地の環境はしぶとく残る。まだこの住宅地で暮らしを続けることは可能だよな、価格さえ下げれば市場で新たな買い手は見つかるよな、売りに出されるまでの間、今住んでいる人たちの暮らしを豊かにするために、このまちで作られたコミュニティは使えるだろうか、そんなことを確かめながら住宅地を歩いていく。
-
6 住まい
 住まいの所有者から、空き家の相談が持ち込まれることもある。両親が亡くなってしまい、そのままにしてあるのだが、何かいい方法はないだろうか。あるいは自分がもう一人暮らしなので、この住まいを最後に活用できないだろうか、そういった相談である。
 住まいの個別性は強い。建物の設計も、作り方も、劣化の状態も見てみないと分からない。そして家族の状況も、本人の価値観も、住まいへの思い入れも、話をしてみないと分からない。
 住まいの中を見ながら、近所の不動産屋の店頭に貼ってあったチラシを思い出して、はたしてこの住まいをもう一度市場に戻すことができるのかを考える。耐震改修にはいくらくらいかかるだろうか、トイレと台所は入れ替えたら見違えるようになるのではないだろうか・・、そんなことを考えながら所有者と話をする。
 市場に戻すことがゴールではない場合がある。せっかく部屋が余っているのだから、地域での暮らしを少し豊かに出来るよう、地域のために使えないだろうか。では、どのような使い方をするのか、所有者の人生や家族のつながりからヒントを探る。現役時代は食品関係の事業を手がけていた、じゃあ昔の仕事仲間に声をかけて食にまつわる小さな事業を動かしてみたら面白いですよね、お金儲けはしなくてよいから、ちょっとお小遣い稼ぎになる程度の価格を設定して、地域の人にお客さんになってもらえればいい。そんなことを提案すると、所有者の顔が少し輝く。だとしたら、処分しようと思っていたこの古いテーブルが生きるよね、贈答品でもらったたくさんのお皿を取り出して使ってみるのもよいね、と脈略を失って空き家に残されていたたくさんの不要物がつながり始める。
-
Fig6
東京郊外の住宅地の空き家を活用した地域拠点:空き家がシェアオフィスやコミュニティカフェに再生された
-
7 人口はどのように減少するか
 人口は確実に減少していくが、全ての地域で同じように減少するわけではないし、どこかの地域が突然なくなるわけでもない。
 国勢調査のデータを使うと、小さな地域の人口の5年毎の動きをつかむことが出来る。生年コーホートを作ってみると、ざっくりとした人口の移動をつかむことができる。最初は都市全体の生年コーホートを、次は中学校区くらいの広さの生年コーホートを作ってみるとよい。
 日本人の動きは読みやすい。ある地域に同じような家族世帯が住み着いて、長く一つの場所で暮らすとして、最初にやってくるのは人口減少と高齢化である。世帯主が一つずつ年を取り、子供が家族から独立するからである。そして少し遅れて世帯が減少する。高齢者が二人から一人になり、やがて死去するからである。そしてしばらくは住宅は空き家のまま残り、最後に建物が減る。子供が誰も家に戻ってこず、取り壊して売却するまでの時間がかかるからである。こうした、人口減少、世帯減少、建物減少の少しずつずれた波が、どの住まいにも、どの住宅地にも、どの都市にも、人の圏域全てに静かに打ち寄せる。
 人が住まなくなるにつれ、人がつくりあげてきた構築物であったり、住まいであったり、それを動かすために人がつくりあげてきた制度が少しずつ減っていく。少しずつずれた波が、空間と制度をどのように減らしていくのか、それがどのような問題を生み出すのか、そんなことを読み取る。そしてしばらくは残りそうな空間と制度を手掛かりにして、起こりうる問題の総量をなるべく小さく出来るように、色々なスケールで、色々な手立てを考えることが都市計画の仕事である。
 家族の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。家族のつながりをたどりながら、限界集落の住まいから都市郊外の住まいまで、一族の住まいの一覧を作ってみる。ばらばらに存在していて、一つ一つが価値を持たないように見えていたものを一覧することによって、別の価値を発見できるかもしれない。
 コミュニティの制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。家族の持ち物だと思っていたものを、コミュニティの持ち物にする。使いようの無い空き家が、必要な場所へと息を吹きかえすかもしれない。
 市場の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。町内会で小さな会社をつくり、空き家や空き地を使った不動産ビジネスをやってみる。二つの敷地をくっつけてゆったりとした平屋の住宅をつくる。それは思いもよらない高値で売却できるかもしれない。
 産業の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。住宅地だと思い込んでいるところに、農業や工業や商業を混ぜ込んでみる。空き家からベンチャービジネスが誕生するかもしれない。
 自然と人、農地と都市、二つの産業と住宅地、住宅と住宅と、わたしたちは国土を分けて使いこなしてきた。そしてその使いこなしのための制度を発達させてきた。その分け方を少し変えてみる、ひっくり返してみると、これまで使えないと思っていた制度を使うことができるようになるかもしれない。「国土の強靱化」という言葉が、国土をすみずみまで使い切り、国民が抱える問題の総量をできるだけ減らす、ということを意味しているのであれば、様々なスケールで発達した制度を理解し、それを創造的に組み合わせて使いこなしていく、そんなことが強靱化なのではないだろうか。
-
8 おわりに
 筆者は大学では建築を勉強して、この仕事を続けてきて25年ほどになる。最初は住宅のことしかわからなかった。あちこちを見て、不十分ながら勉強を重ねて来て、ここに書いたような、どことなくいいかげんな風呂敷をひろげることができるようになった。とはいえ、「測量」の読者である様々な専門家からみたら、風呂敷は穴だらけのはずである。残りの仕事の時間はあと25年ほどだろうか。それほど勤勉ではないので、全てを知ることはできないだろう。正確な風呂敷を描くには、たくさんの知恵をつなぎ合わせないといけない。都市計画の専門家は、こういったことを考えて、こういったことができるようになりたいと考えている、ということをお伝えしたつもりだ。拙稿をきっかけに、小さな共同作業があちこちで生まれてくるとよいと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年4月 | トップページ