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2018年9月22日 (土)

国土強靭化と都市計画

2018年の3月に、日本測量協会が刊行している「測量」という雑誌に、「国土強靭化と都市計画」と題したテキストを寄稿しました。こちらにも公開しておきます。
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1 はじめに
 人口が減っていくなか、都市はどのように変わっていくべきか。そこにどのような「強さ」と「しなやかさ」を仕込んでいくか。そのことを考えることが都市計画の専門家の仕事である。どのようなことを考えながら仕事をしているのか、大きなスケールから小さなスケールまで、スケールごとに述べていきたい。
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2 自然と人
 あるまちから計画の相談が持ち込まれて、地図を広げる。地形を読み取るところから始める。高いところから低いところへと流れる水の流れを想像する。どこに降った雨が、どこを流れ、どのように土地を潤して、どのように海に流れ込むか、等高線や航空写真をざっくりと見るだけで、おおよそのことは類推できる。
 地形を見ながら自然と人のせめぎ合いを見る。最初期に人が住むところは水の流れのそばに発達したのだろう。しばしば限界集落とよばれる山間地、中山間地の集落は、その地域の人間居住の原初であることもある。小さな家が固まるように建ち、その周辺に畑が広がり後背に里山を抱える。長い時間の中で磨かれてきた、人々が助け合って食べていくための最小の単位がそこにある。
 こうした集落から、人の圏域の中心は、農業の生産性の向上をもとめて、あるいはより暮らしやすい居住地をもとめて、平らなところ、交通が便利なところへと動いていく。かつては稲が経済の中心にあったので、稲作に向いた平らな土地の獲得が社会の目標であった。土をならして広く平らな土地をつくり、そこを水が潤す仕組みを張り巡らしていく。
 自然は人がそれを自然と呼ぶはるか前からそこにあったものであり、人が一方的にそれを侵食してきた。時に押し込み、時に押し戻される。自然が人を押し戻す力の大きなものは災害であり、小さなものは獣害といったような言葉であらわされる。「害」にあわないように、地面を固めたり、水の流れを整えたり、自然との境界に工夫をしたり、人は大小の構築物をつくってきた。人が増えていた時期にたくさんの構築物が作られ、自然と人の関係はやや固定されたようにも見える。しかし構築物も徐々に劣化し、人が減るにともなってゆっくりと機能を失っていく。構築物の劣化の速度と人が減る速度は異なる。そのズレを細々と修復しながら、自然と人の関係の均衡を保っていくことがこれから必要なことなのだろう。
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Fig1
東北のある漁村の風景:食い扶持は海で稼ぎ、住宅のまわりには自家用の農地が広がっている。何度も津波にあってきたこの村は長い時間をかけて高いところに上がり、自然とのバランスをとっている。
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3 農地と都市
 人の圏域の中では農地と都市がせめぎ合ってきた。産業の中心が第一次産業から第二次産業、第三次産業へとうつる過程で、農地が減り、第二次産業、第三次産業を内に包んだ都市が増えることになる。
 農地と都市を分けるのは「線引き」と呼ばれる都市計画の法である。1968年に誕生したこの法は、その線の片側を都市化しないエリアに、反対側を都市化するエリアに定めるものであった。しかし、農地の側にも都市にしたい人が、都市の側にも農業を続けたい人がいて、それぞれが50年の間その考えを変えなかったため、農地と都市の境目には、二つがまざりあったぼんやりした土地が広がっていることが多い。法が強い権力を持って空間を捌くことができなかったために、農地と都市のせめぎ合いは農地と都市のどちらがどれくらいの仕事を作れたかで決まってくる。農地の仕事が確実にある都市では、農地と都市の境界がはっきりしている。
 農家の数は減っているが、農地の面積は減っていない。漁師の数は減っているが、魚の数は減らない。あるまちの都市計画の仕事を手伝っている時に聞いた言葉である。農地と都市のせめぎあいは、線引きなどの法で決められることではなく、農地の側でどのように仕事が再編成されるかで決まってくる。その量はどのように見極められるだろうか。
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Fig2
四国地方のある都市の郊外部:都市と農地が等しく混じり合った風景が広がっている。
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4 二つの産業と住宅地
 都市の中では、第二次産業と第三次産業、つまり工業と農業と住宅地の空間がせめぎあっている。都市計画はそのせめぎ合いを調整してきた。
 市町村ごとに作られている都市計画図を見る。カラフルな色は用途地域と呼ばれる、土地の使い方の意図を示したものである。都市計画図は現在の都市の地図の上に重ねて描かれているので、目を凝らすと計画の意図のもとで、どのように市街地が形成されてきたのかを読み取ることができる。
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Fig3
東京郊外のある都市の都市計画図
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 明治21年にスタートした近代の都市計画にはたかだか130年の歴史しかない。それ以前の江戸時代の都市計画は、武士、農民、町人などの身分に連動させて土地の使い方を定めたものであった。近代になって身分制がなくなったため、都市計画も身分と結びつけられず、土地の用途だけでコントロールされるようになった。だから用途地域という素っ気ない名前がつけられている。
 農業と工業と商業のうち、農業は都市の外側にあるものとされ、近代化の中で発達する工業と商業の空間と、そこから分離した住宅地が都市を構成する要素となった。3つの空間が混在すると公害などの問題が発生するが、分けすぎると不便になる。3つの空間をどのように組み立てるかが都市計画の中心課題であった。工業をある部分に集中させ、商業を利便性の高い都市の中心部におき、住宅地を周辺に配置する。
 そういうことを続けてきた130年の間、3つの空間を構成する一つ一つのピースは独自の進化を遂げた。生物の新陳代謝と異なり、都市では一つのピースが抜けた後に、同じピースが生成されることは二度とない。商業のピースは、商店街から始まって、スーパーマーケット、大型モール、コンビニエンスストアと次々と進化を遂げてきた。工業のピースは、そこで何が作られるのかによって空間が異なり、小さな町工場から巨大な工場や発電施設まで、そこにあるものも、大きさも様々である。住宅は土地を細かく分けた極小住宅から、住宅を数百メートルの高さにまで積み上げた超高層住宅まで、様々なピースが開発されてきた。
 都市のプレイヤーがたくさんのピースを持ち、一つのパズルに取り組んでいる状況を想像するとよい。土地があいたところに誰かが手を伸ばし、早い者勝ちで自分のピースを埋め込む。大きめのピースしか持っていないプレイヤーもいるし、特殊な形のピースしか持っていないプレイヤーもいる。形を変えることができるトランプのジョーカーのようなピースを持っているプレイヤーもいる。
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Fig4_2
東京郊外のショッピングモール:巨大なモール内に巨大なフードコートがあり、老若男女が食事を楽しんでいる。商業開発の最新形である。
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 都市計画は、これらのピースが混じりあわないように130年の間、パズルをコントロールしてきた。だが法がパズルを詳細にコントロール出来たわけではない。都市計画図を読むと、もともとは工業のための空間であったのに大型モールが立地している場所、もともとは商店街であったのに高層マンションが林立している場所、町工場の集積に極小住宅が貫入してきた場所など、たくさんのずれを見つけることができる。130年間にわたるパズルで、3つの空間は混ざり合ってしまったのである。
 人が減る時代になって都市の内部に大小様々な空き地が生まれているが、それは空いた土地にぴったりとはまるピースを誰も持っていないからである。情報をしっかりと発信すれば、遠くのほうからピースを持った人が現れるかもしれない。あるいは土地を広げたり形を整えたりすれば、すでにあるピースが入ってくるかもしれない。あるいはその都市に合ったピースを一から作ってもよいかもしれない。地産地消のカフェをやりたい若者や、オーダーメードの靴を製作する職人のためのピースを作るというようなことである。
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5 住宅と住宅
 ある住宅地から、住民が高齢化して空き家や空き地が増えてきた、地域としてどういったことをやったらよいのだろうか、という相談が持ち込まれる。開発されてから30年、40年が経った住宅地である。
 ほとんどの住宅地は、土地が個々の宅地に細かく分けられ、それぞれの宅地の所有者が異なる分譲住宅地である。宅地の所有者は、それぞれの人生の都合にあわせて土地を使ったり、使わなかったりする。人口は減少していくので、空き家や空き地が増えていくが、向こう三軒両隣が同時に空き家になるというようなことは少なく、空き家や空き地は住宅地のあちこちでランダムに発生する。都市に小さな穴が空いて低密化していくこの現象をスポンジ化と呼ぶ。
 住宅地を町内会長に案内してもらう。あの人は入院してからしばらくしていなくなっちゃてね、こっちの家は息子さんが継いだはずなんだけど住んでないみたいなんだよね、こっちの空き地は町内会のみんなで草取りをやったんだよ・・そういった情報を耳に入れながら、スポンジ化の現象を確かめていく。
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Fig5
東京郊外の住宅地のスポンジ化の様子:住宅が古び、空き地があちこちに発生してる。
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 山間地、中山間地の集落は、自然と人とのせめぎ合いのなかで規定されていた。住宅地を規定しているものはなんだろうか。市場において貨幣と交換可能な商品としてそれぞれの宅地は規格化されている。住宅は市場を通じて規定され、店頭に並ぶ商品と商品の間に意味が見出せないのと同様に、住宅と住宅の関係からはあまり規定されない。そこにはそれらが40年の間に隣り合っていたことによってかろうじて形成されたコミュニティと、個々の住宅の中で形づくられた40年分の家族の歴史しか残っていない。市場とコミュニティと家族が作り出す弱い磁場が住宅地を規定しているのである。
 いやあ、私たちは買い物難民で、行政からも見捨てられているんですよ、おおきなメディアで拡散された判で押されたような評価をそのまま繰り返す町会長もいる。自分の暮らしがどう成り立っているのか、日々の暮らしの中でしっかり確認をしている人ほど、そういうことを言わないものだ。都市計画は道路を作り続けたので、たいていの場所に宅配便はやってくるので買い物に困ることはない。スポンジ化は小さくゆっくりと進行するので、住宅地の環境はしぶとく残る。まだこの住宅地で暮らしを続けることは可能だよな、価格さえ下げれば市場で新たな買い手は見つかるよな、売りに出されるまでの間、今住んでいる人たちの暮らしを豊かにするために、このまちで作られたコミュニティは使えるだろうか、そんなことを確かめながら住宅地を歩いていく。
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6 住まい
 住まいの所有者から、空き家の相談が持ち込まれることもある。両親が亡くなってしまい、そのままにしてあるのだが、何かいい方法はないだろうか。あるいは自分がもう一人暮らしなので、この住まいを最後に活用できないだろうか、そういった相談である。
 住まいの個別性は強い。建物の設計も、作り方も、劣化の状態も見てみないと分からない。そして家族の状況も、本人の価値観も、住まいへの思い入れも、話をしてみないと分からない。
 住まいの中を見ながら、近所の不動産屋の店頭に貼ってあったチラシを思い出して、はたしてこの住まいをもう一度市場に戻すことができるのかを考える。耐震改修にはいくらくらいかかるだろうか、トイレと台所は入れ替えたら見違えるようになるのではないだろうか・・、そんなことを考えながら所有者と話をする。
 市場に戻すことがゴールではない場合がある。せっかく部屋が余っているのだから、地域での暮らしを少し豊かに出来るよう、地域のために使えないだろうか。では、どのような使い方をするのか、所有者の人生や家族のつながりからヒントを探る。現役時代は食品関係の事業を手がけていた、じゃあ昔の仕事仲間に声をかけて食にまつわる小さな事業を動かしてみたら面白いですよね、お金儲けはしなくてよいから、ちょっとお小遣い稼ぎになる程度の価格を設定して、地域の人にお客さんになってもらえればいい。そんなことを提案すると、所有者の顔が少し輝く。だとしたら、処分しようと思っていたこの古いテーブルが生きるよね、贈答品でもらったたくさんのお皿を取り出して使ってみるのもよいね、と脈略を失って空き家に残されていたたくさんの不要物がつながり始める。
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Fig6
東京郊外の住宅地の空き家を活用した地域拠点:空き家がシェアオフィスやコミュニティカフェに再生された
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7 人口はどのように減少するか
 人口は確実に減少していくが、全ての地域で同じように減少するわけではないし、どこかの地域が突然なくなるわけでもない。
 国勢調査のデータを使うと、小さな地域の人口の5年毎の動きをつかむことが出来る。生年コーホートを作ってみると、ざっくりとした人口の移動をつかむことができる。最初は都市全体の生年コーホートを、次は中学校区くらいの広さの生年コーホートを作ってみるとよい。
 日本人の動きは読みやすい。ある地域に同じような家族世帯が住み着いて、長く一つの場所で暮らすとして、最初にやってくるのは人口減少と高齢化である。世帯主が一つずつ年を取り、子供が家族から独立するからである。そして少し遅れて世帯が減少する。高齢者が二人から一人になり、やがて死去するからである。そしてしばらくは住宅は空き家のまま残り、最後に建物が減る。子供が誰も家に戻ってこず、取り壊して売却するまでの時間がかかるからである。こうした、人口減少、世帯減少、建物減少の少しずつずれた波が、どの住まいにも、どの住宅地にも、どの都市にも、人の圏域全てに静かに打ち寄せる。
 人が住まなくなるにつれ、人がつくりあげてきた構築物であったり、住まいであったり、それを動かすために人がつくりあげてきた制度が少しずつ減っていく。少しずつずれた波が、空間と制度をどのように減らしていくのか、それがどのような問題を生み出すのか、そんなことを読み取る。そしてしばらくは残りそうな空間と制度を手掛かりにして、起こりうる問題の総量をなるべく小さく出来るように、色々なスケールで、色々な手立てを考えることが都市計画の仕事である。
 家族の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。家族のつながりをたどりながら、限界集落の住まいから都市郊外の住まいまで、一族の住まいの一覧を作ってみる。ばらばらに存在していて、一つ一つが価値を持たないように見えていたものを一覧することによって、別の価値を発見できるかもしれない。
 コミュニティの制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。家族の持ち物だと思っていたものを、コミュニティの持ち物にする。使いようの無い空き家が、必要な場所へと息を吹きかえすかもしれない。
 市場の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。町内会で小さな会社をつくり、空き家や空き地を使った不動産ビジネスをやってみる。二つの敷地をくっつけてゆったりとした平屋の住宅をつくる。それは思いもよらない高値で売却できるかもしれない。
 産業の制度を手掛かりにすると何が出来るだろうか。住宅地だと思い込んでいるところに、農業や工業や商業を混ぜ込んでみる。空き家からベンチャービジネスが誕生するかもしれない。
 自然と人、農地と都市、二つの産業と住宅地、住宅と住宅と、わたしたちは国土を分けて使いこなしてきた。そしてその使いこなしのための制度を発達させてきた。その分け方を少し変えてみる、ひっくり返してみると、これまで使えないと思っていた制度を使うことができるようになるかもしれない。「国土の強靱化」という言葉が、国土をすみずみまで使い切り、国民が抱える問題の総量をできるだけ減らす、ということを意味しているのであれば、様々なスケールで発達した制度を理解し、それを創造的に組み合わせて使いこなしていく、そんなことが強靱化なのではないだろうか。
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8 おわりに
 筆者は大学では建築を勉強して、この仕事を続けてきて25年ほどになる。最初は住宅のことしかわからなかった。あちこちを見て、不十分ながら勉強を重ねて来て、ここに書いたような、どことなくいいかげんな風呂敷をひろげることができるようになった。とはいえ、「測量」の読者である様々な専門家からみたら、風呂敷は穴だらけのはずである。残りの仕事の時間はあと25年ほどだろうか。それほど勤勉ではないので、全てを知ることはできないだろう。正確な風呂敷を描くには、たくさんの知恵をつなぎ合わせないといけない。都市計画の専門家は、こういったことを考えて、こういったことができるようになりたいと考えている、ということをお伝えしたつもりだ。拙稿をきっかけに、小さな共同作業があちこちで生まれてくるとよいと考えている。

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