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2021年6月28日 (月)

アナ・チンの「マツタケ」

アナ・チンの「マツタケ」を読了。とても面白い本でした。あれこれヒントになりそうな言葉を書き出しておきます。とりわけ、アッセンブリッジと潜在的コモンズは、うまいこと使いこなしていきたい言葉だと思いました。
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多数の世界制作プロジェクト:わたしたちは人間と人間以外の存在による、多数の世界制作プロジェクトに囲まれている。世界制作プロジェクトは、生きるための日々の活動から生まれるものである。その過程を通じ、わたしたちの惑星は変化させられてきた。それらの過程を観察するためには、人新世の「人類の」が持つ陰の部分に、わたしたちの注意をふたたび向けなおさねばならない。(p.33)
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アッセンブリッジ:生態学者はこの用語を、ときに固定的で限定的な意味合いをもちうる「コミュニティ」を回避するためにもちいている。アッセンブリッジ内で、多様な種がいかに影響しあっているかという問いは、解決されないままである。ある種はたがいに邪魔しあうであろうし、共生している場合もあるだろう。単におなじ場にいあわせただけのこともあるだろう。アッセンブリッジは閉じていない集まり(ギャザリング)である。(p.34)
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疎外:疎外は絡まりあいをほどく形式なのであって、疎外が資本主義的生産を形成することである。資本主義的商品は、それぞれの生活世界から剥ぎ取られ、さらなる投資を生むための貨幣として使用される。無限大の需要は、ひとつの帰結である。投資家が欲しがる資産にはきりがない。したがって、疎外は蓄積を促進することができるし、たくさんの投資資本を可能とする。(p.202)
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科学:資本主義と同様、科学を翻訳機械ととらえることは有意義である。科学は機械的な性質を持っている。なぜならば、教師、専門家、査読者たちが一団となって立ちはだかり、無駄な部分を削ぎ落とし、残った部分を適切な箇所にはめ込もうと手ぐすねをひいて待ち構えているからである。科学は翻訳的な性質も持っている。なぜならば、科学的洞察というものは多様な生のあり方から導きだされるものだからである。(p.327)
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不確定性:不確定性は、歴史の終わりなのではなく、むしろ、たくさんのはじまりが潜んでいる結節点なのである。政治的に聞くことは、まだ明確化されていない共通の課題を見つけることである。(p.382)
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潜在的コモンズ:そのような場はふたつの意味で潜在的である。まず、いたるところにあるもにもかかわらず、わたしたちが気づくことはほとんどない。つぎに未発達である。まだ実現されていないが、可能性を秘めている。とらえどころもない。潜在的コモンズはブラウンのように政治的に聞くことのなかに存在するものであり、わたしたちの気づく術と関係している。潜在的コモンズによってコモンズの概念は拡大される。(p.383)

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